エリート御曹司が花嫁にご指名です
 美しい足の持ち主は背筋をピンとさせ、俺の言葉を待つ。

 俺は身体の前で腕を組み、小さなため息とともに口を開く。

「さてと、退職したい理由を聞こうか」

 汐里は膝の上で両手を握った。やはりまだ顔はこわばらせたままだ。

「海外へ出たいんです。短期間ではなく、長期で。世界に目を向けて、自分を見つめ直したくて」
「長期と言っても、どのくらいのスパンで? どこへ行き、どうやって自分を見つめ直すんだ?」

 次から次へとたたみかけ、汐里は当惑している。それが俺の手だ。矢継ぎ早に質問をして、俺の言葉を考えさせる。

「……まだ決まっていません」
「行き先は決まっていなくとも、自分をなぜ見つめ直したいんだ? 順風満帆な人生を送っているように思えるが?」

 俺の質問に汐里の瞳が揺れて、目が伏せられる。そうされると、長いまつ毛に俺の視線が引き寄せられた。

「汐里?」

 俺の呼びかけに、汐里はビクッと顔を上げる。すると、汐里は意を決したように、足りないものを探しに外へ出たいと言った。

「仕事をしながらでは見つけられないのか? その漠然とした足りないものを」
「山を乗り越えてからじゃないと、見つけられそうもないんです」
 
 俺は目を細めた。汐里の心を懐柔したいと願う自分がいた。

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