エリート御曹司が花嫁にご指名です
 隣から、上品な顔立ちといでたちに似つかわしくない、おかしくてたまらない笑い声が聞こえてきた。

 振り返ってお腹を押さえて、「ひー」と苦しそうな三和子さんへ視線を向ける。

「三和子さん、なにがおかしいんですか?」

 話の途中で去られてしまい、複雑な心境だった。

「かわいそうに。汐里さんが、専務の名前を出すから」
 
 専務とは、私が専属秘書として仕えている桜宮(さくらみや)優成(ゆうせい)さんである。

 国内最大手の航空会社〝ALL AIR NIPPON〟の取締役専務。

 桜宮専務の曽祖父が創始者で、現在の社長は父親。桜宮家の長男として生まれた専務は御曹司。社長が引退後には、桜宮専務は後を継ぐだろう。

「専務の名前を出してはいけないのですか?」

 私たちは歩きだし、エレベーターホールへ歩を進める。

「ええ。だってあなたは、桜宮専務の庇護下にいるって周知の沙汰よ。本当は恋人同士なんじゃないかとも噂されているわ」
「だからって……話の途中で……。ビビるくらいなら、誘わなければいいのに」
「そうよね~」
 
 三和子さんは相槌を打つ。

「あんな男はダメよ。しっぽ巻いて、行っちゃったじゃない。桜宮専務のお気に入りの汐里さんを誘うにはもっと男気がなくちゃ」
「そうでしょうか……」

 私と桜宮専務が恋人同士だという噂は、切れることなく飛び交っている。

 本当は違うのに……。


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