エリート御曹司が花嫁にご指名です
 秘書室に戻ったとき、いつもの席に南場秘書室長はいた。

「室長、お話があるのですが」
「改まって、どうしましたか?」

 南場秘書室長は、視線を仕事中の秘書たちへ向けてから立ち上がる。

「カフェスペースへ行きましょう」
「はい」

 私は南場秘書室長の後についていく。

 カフェスペースに着くと、彼は「なにか飲みますか?」と尋ねる。

「いいえ。室長はどうぞ」
「話を先に聞きましょう。なにかありましたか?」
「会社を辞めたいのですが」

 次の瞬間、南場秘書室長は驚きを通して、口をあんぐり開けて言葉を失った。そして頭を小さく左右に振って、咳払いをひとつした。

「辞めたい?」
「はい。一身上の都合で辞めさせていただきたいのです」
「……私の一存では、なんとも……。桜宮専務には?」

 私は首を横に振る。

「いいえ」
「一条さんが辞めて一番困るのは桜宮専務ですから、話を直接通してください」
「ええっ……」
「そうしてください。じゃあ」

 南場秘書室長はでき上がったアイスコーヒーのプラカップを手にして、カフェスペースを出ていった。

 桜宮専務に直接……。

 いずれ知られることだけど、私の口から話すのは気まずい。けれど行動に移さなければいつまで経っても進まない。

 今日は金曜日。退勤する直前に話そう。

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