エリート御曹司が花嫁にご指名です
「誰の退職願だ?」
「私のです。室長に提出しようとしましたら、直接専務に相談してくれ、と」
 
 決心が揺らがないように間髪を容れて言葉にすると、桜宮専務は唖然とした。

「汐里が?」

 まったく解せない様子で腕を組んだ彼は、形のいい眉をギュッと寄せる。

 差し出した退職願は行き場を失い、執務デスクの上に置いて、桜宮専務のほうへそっと滑らせた。

 桜宮専務は苦虫を嚙みつぶしたような表情で、退職願を手にして、中から一枚の紙を出した。

「一身上の都合とは、なんだ?」
「一身上の都合なので、そう書いたまでです」

 桜宮専務の怒りを抑えたような低い声に、震え上がりそうになりながらも、まっすぐ彼の目を見てきっぱり言った。

「その一身上の都合はなんなのかを聞いているんだ」
「桜宮専務、お約束に遅れてしまいます」
「構わない。汐里、教えてくれないか?」

 本当の退職理由は言えない。

「個人的な理由なんです。専務、大事な代理店の社長さんです。遅れずに行ってください」
「……これで受理したとは思わないでくれ。理由を説明してほしい。週明けに話そう」

 桜宮専務は私の返事を待たずに、専務室を出ていった。

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