エリート御曹司が花嫁にご指名です
 そこで私が秘書室へ入室した理由を思い出した。

 南場秘書室長へ、桜宮専務からの書類を渡すのだった。
 
 この部屋でひとりだけ席が決まっている南場秘書室長のデスクに、私は歩を進めた。

「室長、お疲れさまです。こちらが、休み明けの役員会議に必要なデータと資料です」
「ありがとうございます」
「では、失礼します」

 お辞儀をして、その場を立ち去ろうとした私の背に、南場秘書室長から声がかかる。

「一条さん」

 名前を呼ばれて振り返る。

「はい」
「……いえ、なんでもありません」

 南場秘書室長は、なにか言いたげな表情をサッと戻した。

「……はい。失礼します」

 専務室に向かう廊下で、南場秘書室長の顔はなんだったんだろうと、私は微かに首を傾げる。

 あ! そうだわ。退職願の件がまだはっきりしないから、そのことを聞きたかったのかもしれない。



 新宿にあるAANの高級ホテルのフレンチレストランを貸し切っての食事会は、毎年豪勢な料理が振る舞われる。私も毎年楽しみにしていた。

「桜宮専務、配車のお時間は十七時三十分でよろしいでしょうか?」

 朝から精力的に働いている桜宮専務の今日の装いは、オーダーメイドの黒い三つ揃いのスーツ。ネクタイは明るめのラベンダー色と紫の幾何学模様で、着やせする体躯は、なにを着ても見栄えがしてモデルのように素敵だ。

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