俺と、甘いキスを。

次の日も残業になり、疲れた体を引きずって二階の自販機へ向かうと、右京蒼士はソファに座って昨日と同じコーヒーを飲んでいた。そして私に気づくと徐に立ち上がり、昨日と同じように自販機へお金を落として私を見る。
視線を合わせて、顎を動かす。
「昨日も奢ってもらったのに」
と、私は首を横に振るが、彼は眉間に皺を作り「押せ」と指示する。その機嫌の悪そうな彼に負けて、仕方なくあたたかいミルクティーのボタンを押した。

「あ、ありがとうございます」

昨日と同じようにお礼を言うと、右京蒼士は飲み干した空き缶をゴミ箱へポイッと投げ入れた。
彼の日常見かけるイメージとかけ離れた話し方や仕草。何故私にだけそんな態度をとるのかわからないが、そんな彼を見たという点では少しだけ得をしたかもしれない。

とはいうものの、いつまでも不機嫌な彼と向かい合うのは居心地が悪い。

「それ、やめろ」

いきなり言われた言葉に、「なんですか?」首を傾げた。彼の低い声がした。

「それだ。その喋り方、俺に敬語は使うな」

社会人としてのマナーとか、右京蒼士の日頃の話し方とか、当然として相手に使っている敬語なのに。
矛盾したことを言い出したのだ。
「え、でも…」
と、私が言い終わらないうちに、白衣姿の彼は歩き去ってしまった。

なんなのだ、と悶々とした気分が晴れないまま翌日を迎える。
「川畑さん、柏原研究室からです」
とファイルを受け取った。
中身を確認すると、「川畑様」と綺麗な字で書かれた茶封筒があった。気になってすぐに中を見て、思わず息を「ヒュッ」と短く吸った。

出てきたのは、適当な紙にセロテープで貼られた小銭。紙には、

“ 今日のジュース代”

と、記されていた。
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