俺と、甘いキスを。

「俺たちはどうやら互いにいろいろと確認することがあるようだ。提案だが、これから一週間をかけて自分たちの謎解きをしていかないか?」
「…謎解き?」
口にした湯呑みを両手で包み込む花は、目を丸くして見つめる。

すぐにその大きな瞳は視線を逸らす。
「…その必要はないと思います。何度も口にしていることだし、何度も自分で思っていることですが」
と、言葉を切ってゆっくりと俺に焦点を合わせる。

外で強い風が吹いたのか、ビュッという風音と同時に縁側の窓がガタガタと大きな音を立てた。その直後のしんっ、とした空気が冷たいと感じた。

彼女の小さな口が開く。

「あの日、研究室の部屋で私と話したことを覚えていますか。ほんの一瞬でしたが、私は右京さんと思いが通じあったことが本当に嬉しかったんです。同時に心の底から悔やみました。いくら好きだと思っても、現実は待ってはくれません…」

花は飲みかけの湯呑みをお盆へ戻す。その目にうっすらと涙が浮かんでいる。
「私が右京さんに想いを寄せた頃にはあなたは既に結婚されて、結婚しているあなたが私に「好きだ」と言ってくれた時には私はお見合いが決まっていて…どんなに右京さんの傍にいたいと思っても、歯車が狂ってしまった私たちがどうにかなることはあり得ません。何もかもが、もう遅いんです」

ポツポツ呟く彼女をじっと見ていた。今まで留めていた思いを、ここぞとばかりに力無く吐き出していく。

「私はもう三十三歳です。これまでも結婚しない私に、両親が心配して縁談話を持ってきました。私は両親を安心させてあげようと思うようになったので、右京さんを諦めようと決めたんです。だから、私たちの謎解きは必要ないんです」
「花、本当にそれでいいのか?」


──本当のことを、言った方がいいのだろうか。何故、椿マリエと結婚するに至ったのかを。

自問自答の時間も与えられないまま、花は何度も激しく首を横に振った。
「いいも何も、私には時間がないんです。右京さんを想う夢の時間は終わりにしなきゃいけないんです。どんなに、どんなに…」

鼻の頭を赤くして涙を流す彼女が愛しいと思う。愛しいと同時に、俺の後悔と懺悔も積み上がっていく。そして、過去の自責の念に駆られながらも彼女を目の前にして、頭の中で考えを練り上げ始めた。
< 109 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop