俺と、甘いキスを。
夕方、畑から帰ってきたら花の父と一緒に、納屋で耕運機の様子を見ている。ボルトもしっかり締めて、またしばらく使える状態だと思う。
「調子が良さそうですね」
「まだまだ、コイツには頑張ってもらわないといかんからな」
花の父も、大事そうにタイヤの泥を拭い払っていた。
俺は兄、誠司からの連絡を待っていた。ある人の居場所を突き止めてもらう依頼をしているが、難航しているかもしれない。彼からの連絡があればすぐ話が聞けるように、スマホを手放さずにいるが、もう夕方だ、今日は連絡はないかもしれない。
「畑を耕したら、種を蒔きに来ないか」と、花の父の誘いに、俺は是非に、と答えている時に花が帰宅した。
「今夜は、おでんにしました」
テーブルの上であたたかな蒸気が立つ大きな鍋の中で、しっかりと煮込んだ具だくさんのおでんが食欲をそそる。
「右京さんのお身体のこともあるので少し薄い味付けですが、物足りないようなら味噌も用意しましたからお好みでどうぞ」
と、花は使い込んだ水色のエプロンを外しながらダイニングにやってきた。
家族の食卓が始まる。
「花、右京さんが種蒔に来てくれるそうだ」
と、嬉しそうにビールを口にする父に、花は「えっ」と驚いた。
「毎年、花も手伝ってくれるが、今年は右京さんにも来てもらえるならワシも助かる。耕運機の調子も見てもらえるしな」
「畑仕事に男手は本当に助かるわね。暁は仕事ばかりでなかなか来てくれないもの」
と、ポロッと暁さんへの不満を零す。
「右京さん、そんな約束をして大丈夫ですか?お仕事だって忙しいのに」
と、花は俺の心配をする。
俺は花に言った。
「俺のことは大丈夫。けど、耕運機の様子は見ることはできるが、畑仕事の経験がない。教えてもらっての作業になる。だから、花から連絡してみたらどうかな、お兄さんに」
花の顔がパッと変わった。
長年溝を作ってきた兄妹だ、お互いに仲良くなりたいと思っているなら、兄は妹の誘いは断らないだろうと思った。
花の微笑む顔が、自分の心が和んでいく。
これが特別のものでなく、日常になればいいのに。