俺と、甘いキスを。
正門を出て駐車場を急ぎ足で通り過ぎようとしたとき、私の腕が力強く後ろに引かれた。
「何故、帰る」
息切れの間に聞こえる低い声。
「……っ」
私は掴まれた腕を、思いっきり振り払った。その行動に、右京蒼士は目を開く。
私はその目を睨んだ。
「右京さん、自分で何を言っているのかわかっているんですか。私が「何故」って、あなたに聞きたいです」
溢れ出す苛立ちに、自然と涙腺も緩んでくる。
彼は目を細めると「明日のことを聞いたのか」と、呟いた。
「今日、誰もが注目していたことでしたから、嫌でも聞こえてくるんです。誰かが言ってました。「今年は自分と釣り合いのとれた相手を選んだのか」って。それで私がお見合いの時間に右京さんは断ったとはいえ、美人な原田さんと楽しくランチをするんですものね。明日のお見合い、私がどんな気持ちで……」
腹が立つとか悔しいとか、気持ちが荒れてしまった私は嫌味を一気に吐き出した。
「バカか、お前は」
「バカって、なんなの……」
彼の呆れ声に、私のイライラが膨らんでいく。
そして、再び手を捕まれた。
「こんなところで他人に聞かせる話じゃない。来い」
冷たく言い放つ右京蒼士に、私は駐車場へ引きずるように連れていかれ、車に乗せられた。
やっぱり、私には不倫は無理だ。好きな男が自分以外の女性と食事をすると聞いただけで、この有様だ。
助手席に私を座らせ、右京蒼士の運転するミニクーパーは都会の街中を通り、有名な高級ホテルの玄関に横付けされる。
車から降りた彼は助手席の私を下ろして、ボーイさんに車の鍵を渡す。そして「行くぞ」と、制服の上に上着を羽織っただけの私を連れて中へ入っていった。
誰もが知る名高いホテル。私のような格好をしている人なんて一人もいない。