俺と、甘いキスを。
三十を過ぎた女がフロントで暴れるのも大人気ないと思い、仕方なく彼の後ろをついて行く。
エレベーターを十一階で降りて向かった部屋の前でカードキーを差し込んだ。
部屋の窓から都会の夜景が一望できる。つい見とれて「ほぅ」とため息が出そうなところを、ぐっと押し止めて振り返った。
大きなソファやテーブル、キングサイズくらいあるベッドに視線を移す。金額的に少しお高めな部屋だと思うが、ここへ連れてきた意図がわからない。
「なぜここへ?今日の約束は食事でしたよね?」
「ああ。本当はこのホテルの最上階のレストランに予約を入れてある。だが、このままお前を連れていくことはできない」
「ああ、そうですよね。私、上着の下は制服ですから、高級レストランなんて行けないですよね。こんな私と行くより、明日のランチを前倒しして原田さんを呼んでご一緒にディナーをされたらどうですか。彼女、きっと喜んで……」
「ああ、そうだな。こんな屁理屈ばかり吠える女は、ちゃんと食事ができないだろうな」
そう言い返す右京蒼士に、私はカチンときた。
「なら、そうすればいいじゃないですか。私は帰りますので、どうぞごゆっくり!」
元はといえば、明日の食事の相手を原田京華に決めた右京蒼士が悪いんじゃないか。何故、よりによって彼女なのか。
『私、右京さんとはいろいろ縁があって、切り離せない繋がりがあるの。何を思ってか、彼は今、川畑さんと一緒にいることが多いけれど、人の気持ちって変わっていくものなのよ。右京さんの優しさは周りの人達にも平等だから、自分だけ特別って勘違いする女の子が多いわ。あの人に本気になるのは、やめた方がいいわよ』
右京蒼士がうちで療養している間に、こんなことを聞かされるために私は原田京華にわざわざ呼ばれたことがあった。それでも私は彼を信じようと、耳を貸さなかったのに。