俺と、甘いキスを。

怒りに任せて帰ろうとドアへ向かう。
それを遮るのは、またしても彼の腕。
「はなして」
また、彼に吠えた。

今日、自分の研究室で着替えたであろう、黒のスーツ姿の右京蒼士から、覚えのある彼の香りがした。
頬に当たる、彼の胸。
私の背中に力を入れている、彼の両腕。
彼の胸から聞こえる、ドクドクと脈打つ彼の鼓動。

首筋に感じる、彼の吐息。

「……ったく、俺が十年間惚れたこの女は……」
と、彼は大きく息を吐いた。

「お前の家で、俺がどれだけお前に夢中なのか話したはずだがな」
その困ったような声に、私は顔を上げた。右京蒼士の、少し赤い耳が見える。
「まあ、俺の説明不足だったかもな。少し考えてみろよ、告白されてフッた女をわざわざメシに誘うわけないだろ」
と、彼は口を尖らせてブツブツと話す。
「原田を誘ったのは、ちょっといろいろハッキリさせておきたいことがあるからだよ」
右京蒼士は涙で濡れていた私の頬を、親指でそっと拭っていく。

「花が不安がるから、ぶっちゃけもう少し言うと、明日は俺と原田の二人で会うんじゃない。会う時間を昼にしたのも、その方が他の人達にも都合がいいからだよ。確かに原田本人は昼ということに不満を言ったが、必要だから呼んだまでのことだ」

明日、この人は一体何をするのか、全くわからない。
「一体、何をするの?」
「今から?花を抱いて腹を空かせてから、一緒になにか食べようと思う」
と、言われた直後、自分の両足がふわりと浮いた。
「えっ、私を……きゃあっ!」
抱き上げられた私は、驚いて声を上げて足を動かす。
右京蒼士が、切れ長の瞳を向けて囁いた。


「もう、限界。大人しくして」

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