俺と、甘いキスを。

大きなベッドに寝かされても、いきなり訪れたかもしれない甘い時間に、私の心臓は今にも口から飛び出しそうだ。隣には右京蒼士が肘をついて横になり、軽く笑みを浮かべて私を見下ろしている。
「う、右京さん。あの……」
「あ、もしかして、ダメな日だったか?」
「えっ!いえ、そうじゃなくてっ……」
まさか「あの日」を心配されるとは思っていなかったため、急に恥ずかしくなる。
右京蒼士の大きな手が、頬にゆっくりと触れて撫でた。

「前に、花の親や暁さんがお前の元彼のことを話していたが……聞いていいか」
彼が少し迷ったような聞き方をした。
私を気遣ってのことだろうが、既に十年も前のことだ。私の心はすっかり癒えている。

私は起き上がり、ベッドの上に座った。
「今はもう気にしていないことだし、大した話でもないですよ。十年ほど前に大学の同級生から男性を紹介されたんです。カッコよくて優しい人で、男の人に免疫のない私は流されるまま付き合うことになったんです。でも、後になって……とんでもない人だとわかったんです」

当時を思い出すと「恋は盲目だ」とよく言ったものだと痛感する。
「付き合い始めの頃の彼はとてもいい人で、一緒にいて楽しかったんです。でも、数週間後にはあれこれとプレゼントの要求が始まって……気がついた頃には、デートの食事代まで私が支払うようになっていました。笑えますよね」

きっと今の私は、とても情けない顔をしているんだろう。苦笑する私の前で、右京蒼士はじっと真面目な顔で私を見つめていた。
「とうとう貯金も底をついて、今度はブランド物の財布をおねだりした彼に、私は初めて断ったんです。「貯金をして買ってあげる」と言ったら、彼に言われたんです」

『じゃあ、俺のために体を売ってお金を稼いできて。ああ、処女の花じゃどこも雇ってもらえないから、面倒くさいけど俺がもらってやるよ』

「……私、バカだったんです。貢いでお金を取られて処女も取られて、結局捨てられて。全てを失っても彼を憎んだり恨んだりできなかったのは、やっぱり本当に好きだったからなんだろうな、と思ったんです。最悪な恋愛でした」

話し終えた私は、起き上がっていた右京蒼士へ顔を向けた。彼は眉間に皺を寄せて怒っているようだった。
「今、その男がここにいたら、俺は間違いなく殴り殺しているだろうな」
「殺さなくていいですから。私に男を見る目がなかったんです。酷い目にあったせいで、しばらく男性に近づけなかったのは事実です」
もう思い出となった記憶ですよ、と私は頷く。

「花は、俺が怖いか」
右京蒼士が珍しく不安な顔になっている。今日の彼は顔の表情が豊かに思えてしまう。
私は笑った。
「右京さん、私たちは散々言い合って抱き合って、キスだってしました。喧嘩だってしたのに、それでも私は離れることができなかったんです。怖い人なわけありません」
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