俺と、甘いキスを。
「お連れ様が、お着きになりました」
その声と同時に「遅くなって申し訳ありません」と現れた人物に、私たちは顔を上げた。微笑みを浮かべた柴本貴臣の姿が見える。
お見合いの、始まりだ。
「今日は本当に良い日になりましたね、川畑さん」
機嫌良く赤ワインを口にする、このお見合いの仲介人であるオオトリ電機本社総務部の貝塚部長は、私の父がオオトリ重工で働いていた頃の後輩だそうだ。
父も旧知の後輩に会ったことで、緊張が幾分解れているようだ。
大きな広いテーブルに向かい合って座っている私たち。父、母、私、兄と席に座る向かい側は、仲介人の貝塚部長、柴本貴臣の母、柴本貴臣本人の三名の席だ。お互いに挨拶を交わしてからの、食事をしながらの会話が始まっている。
新鮮な野菜を使った鯛のカルパッチョを、緊張気味に食べているときだった。彼、柴本貴臣の父についての話を耳にする。彼の母が「お恥ずかしいことですが」と、前置きをした。
「貴臣が中学生の頃、外に愛人を作っていることがわかり、離婚しました」
──どきんっ。
他人事でない内容に、心臓を握り潰された思いがした。額に変な汗が浮かぶ。
柴本貴臣の母は「ホホホ」と、口に手をやりながら小さく笑う。
「ですから、貴臣にはそんな男になって欲しくありませんでしたので、女性に対しての大切さをしっかりと教えたつもりですの。花さん、息子は絶対に浮気をするような男じゃないので、安心してくださいね」
「は、はぁ……」
ドキドキドキ。
全身の毛穴からアドレナリンが流れそうな感覚だ。
──私、ちゃんと笑えているだろうか。
せっかく桜色の着物を綺麗に着付けてもらったのに、首筋に汗が一筋流れる冷たさがあった。
チラリと柴本貴臣へ視線を向ける。小麦色の肌に白い歯を見せて、笑っている彼と目が合った。