俺と、甘いキスを。

『柴本課長は若い頃から人間を見抜く洞察力に長けている』

右京蒼士に言われたことが頭の中を駆け回る。
柴本貴臣は、私を洞察しているのだろうか。その笑顔の目は、私の何を見ているのだろうか。

──俺以外の男は、許さない。

ぞくり。

今度は背中に冷水をかけられた気分になった。
黒むつのムニエルの料理、初めて食べるのに味が全くわからない。
頭の中に、あの人の顔が浮かぶ。

今頃あの人は、いつも以上に素敵にお洒落した原田京華とランチをしているのだろう。どんな料理を食べているのだろう。どんな会話をしているのだろう。
胸がザワザワして仕方がない。

メニューでは、もうすぐ牛フィレ肉の料理がくることになっている。
柴本貴臣から、
「休日は何をしていますか」
と質問をされたが、
「両親の畑仕事の手伝いなどをしています」
などと、適当なことを答えながら、料理から目を逸らして窓の外を眺めた。

両親たちの会話を聞き流しながら、他のテーブルから聞こえてくる声に気づく。
「さっきのカップル、美男美女のお似合いだったよね」
「でも喧嘩してたよね?小声だったけど揉めてるように見えたよ」

──あらあら。高級ホテルのレストランで喧嘩なんて、勿体ない。ステキな料理を味わえばいいのに。

自分はお見合いの最中でありながら、料理の味もわからないくらい他のことばかり気にしているのに。
自分も大概だ、と心の中で苦笑しているときだった。

「式は今年の秋くらいはどうかな。クリスマスや年末年始を一緒に過ごせるように」
柴本貴臣の声に、ハッとして顔を上げる。今度は彼の母が「そうね」と相槌を打つ。
「今から式場の予約や新婚旅行の手配と、新居も探さなきゃ。半年くらいしか時間がないけど、お祝いごとは早い方がいいわね。式場は近場で探すとして、新婚旅行はもちろん海外よね?」
と、まるで自分が結婚するような勢いで話を進めていく。
< 171 / 214 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop