俺と、甘いキスを。
「だから俺は監視するべきだったと反省したんです。マリエが九年も前からピルを服用していたなんて知らなかった。これは俺のマリエに対して関心の無さが生んだ結果だ。自業自得だと思っている」
右京蒼士はそう言って唇を噛んだ。
「マリエ、君の口からはっきり言ってくれ。あの日、居酒屋で酔っ払った俺を連れてホテルに行って、どうしたんだ?」
「……」
椿マリエは俯く。
「マリエ」
右京蒼士は椿マリエを呼ぶ。
「……なかったわ。なにも」
みんなの注目を前にして、彼女は顔を上げた。零れる涙を拭くことなく、ハンカチを両手でギュッと握りしめた。
「イタリアで馬車馬のように働かされて、そのストレスを発散させようといろんな男友達を作っては遊んだわ。でもやっぱり一番は蒼士で、日本に帰れば蒼士が欲しくて仕方なかった」
マリエは一度言葉を切って、「はぁ」と大きく息を吐いた。
「あの日、蒼士が居酒屋にいることを聞いて行ってみると、一人でお酒片手に酔っ払った蒼士を見つけた。「好きな女に近づけない」とヤケ酒をしていた。だから……」
『アタシが、蒼士を愛してあげる』
「なんとかホテルに行って、抱いてもらおうと服も脱いで蒼士の服も脱がせて抱きしめてみたけど……ダメだった。目の前にいるのはアタシなのに、蒼士は他の女の名前ばかり呼んで、裸のまま寝てしまったの。ミラノではモテまくりのアタシなのに、蒼士の眼中にアタシはいなかった。「ハナ」という女に負けたくなかった。だから、「妊娠した」と嘘を言った。蒼士は責任感が強い性格なのは知っていたから、妊娠したアタシと結婚するって確信があった」
──右京蒼士と椿マリエの間には、何もなかった。
椿マリエの一方的な感情で嘘を言い、右京蒼士を夫にしてしまったのだ。
「結婚すれば蒼士は一生アタシのものだし、妊娠のことはミラノへ戻って「流産した」って連絡すればいいと思ったの。蒼士の子供は欲しいと思ったけど、ミラノで寂しさを癒してくれる彼らの子供は欲しくなかったから、ピルを止めることができなかった……」
右京蒼士より、自分の甘さに負けてしまった椿マリエの成れの果てを見た気がした。