俺と、甘いキスを。
『もう、それ耳タコなんですぅ。次回から品番を書くんで、今回はお願いしますぅ』
と、一方的に通話を切られた。
「ツー、ツー」と聞こえる電子音に、血圧が上がりそうだ。書類を持つ手の力も抜け、大きなため息を披露した。
──まったく。何なのよ、あの話し方と態度は!私はあなたのお友達か?
苛立つ気持ちを鎮めようと、デスクの引き出しに忍ばせてある一粒チョコを口へ放り込む。しかし、事務所の空気自体が甘いのだからチョコの甘さが全くわからない。
余計に眉間に力が入る。
「花さん。そんなに眉間のシワを深くすると取れなくなりますよ」
向かいのデスクでキーボードを叩いている、パート社員の梶田ちなみがデスクトップの画面を見ながら話しかけてきた。
私はムスッとしたまま、一粒チョコをちなみのデスクへ軽く投げた。
「いつまでも学生気分の話し方をする二十代半ばの社員にイライラしただけよ」
「でも今日の花さんのイライラは、それだけじゃないですよね?」
と、涼し気な顔で言い返す彼女に「気のせいよ」と言い捨ててみたものの。
心の中では、彼女の言葉に白旗を上げていた。
川畑 花。
今日の私は、言うこと成すことぐちゃぐちゃだ。
私より年下の既婚女性のちなみは、ダークブラウンのセミロングの髪で少しタレ目の顔が可愛い、基本的にポジティブな女性だ。
彼女の言うとおり、今日は私にとって「けじめの日」だ。
だから、チョコレートで麻痺してしまった私の鼻も、そのことで麻痺してしまった私の脳みそも正気じゃないことくらい、自分が一番よくわかっていた。
気を取り直して次の仕事に取り掛かろうとすると、事務所内にお昼を告げるチャイムが鳴り響いた。