俺と、甘いキスを。
嵐が去った静けさとは、本当はこういったものなのだろうか。
空気が澄んだように感じて、部屋の中がしんっと静かになる。
部屋には私たち家族と右京蒼士、峰岸真里奈、そして再び席を外している右京誠司が残る。
「川畑さんのお見合い、原田さんの思惑、右京さんの離婚。何だかこの部屋にいただけで目まぐるしい時間を過ごした気がしたわ。私は部外者だけど、同僚の前代未聞のお見合いに立ち会った、というのかしら」
と、やっと自分の意見が言えたと、真里奈はさすがに少し疲れた表情を見せた。
右京誠司に偶然なのか意図的になのか、この場に連れてこられた峰岸真里奈。右京蒼士に恋しているだけの彼女にとっては、とんだ厄日になっただろう。
「峰岸さん、今日は本当にごめんなさい。こんなことになるなんて思ってなくて……せっかく右京専務とのランチを」
「ランチはこの席に来る前に、他の席で済ませてきたの。右京専務と一緒というのはちょっとアレだったけど……美味しかったから、まあ……良かったけど」
と、少し複雑そうな顔をする彼女は視線を逸らした。
真里奈はその視線を逸らしたまま、聞いた。
「川畑さんのお兄さん、結婚してるの?」
「え?兄は未婚よ」
突然の兄の質問に、私の目がキョロッと彼女を見た。
真里奈の、顔が赤い。
「彼の名前は?彼女はいるの?」
──え?え?
彼女の妙な展開に、私の思考回路が止まったしまう。
「ねえっ。名前は?彼女は?」
と、私に迫ってくる。
「私は川畑さんと気が合わないことくらい、わかっているわ。知ってる?女は切り替えが肝心なの。右京さんがあなたを溺愛していることもウンザリするくらい理解したわ。あなたに鼻の下を伸ばす右京さんに興味がなくなったの。彼は、川畑さんのお兄さんは、川畑さんのお兄さんよ。あなたじゃないわ。早く、彼の名前は?」
「あ……あきら、よ。川畑暁。彼女は、いないと……あっ」
と、言い終わらないうちに、彼女は部屋の入口近くにいる兄へと近づいていった。
真里奈に話しかけられた兄は、無愛想に眉間に皺を寄せながらも、彼女に何が話していた。
峰岸真里奈の新たな恋が始まるのか、そんな予感がした。
約二年、彼女は右京蒼士に想いを寄せていたはずなのに。それをスッパリと断ち切る、その潔さは信じられないと思いながらも、ある意味見習わないといけないと思った。
相手は私の兄だけど。無骨で愛想の無い、猛獣のような兄だけど。