俺と、甘いキスを。
兄が一人で私たちのところへ来た。
「親父、母さん。俺は峰岸さんとここを出て晩飯食って帰るよ。帰りはタクシーで帰るといい。花も、コイツにちゃんと送ってもらえよ」
「暁も、今日はありがとな」
「暁も、あの子を送ってあげるのよ」
と、両親は兄を見送る。
兄は私の横に立っていた右京蒼士と顔を合わすと、何も言わずに峰岸真里奈のところへ戻る。
真里奈は私たちに向かって軽く頭を下げると、兄について部屋を去った。
残ったのは、両親と右京蒼士と私。
右京誠司はまだ戻ってこない。
両親の前に立つ、右京蒼士。
彼は、グッと深く頭を下げた。
「おじさん、おばさん。立ち会いをお願いしたいと言いながら、数々の見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした」
両親はじっとその姿を見ている。
頭をようやく上げた彼も、真剣だ。
「十年前、僕は研究所で花さんを見かけてから、彼女を忘れた日はありませんでした。ここでお二人に立ち会って頂いたのは、僕の不甲斐なさが生んだ恥とけじめを見届けてもらうためです。マリエに離婚届に判を押させたのは、俺のエゴだとわかっています。もし、例え離婚が成立しなかったとしても、僕は花さんをどんな状況になっても、きっと手放さない方法を考えていたと思います」
「右京さん……」
私は彼の隣に立ち、彼を見上げる。
──右京さんは、全て自分のために、と言っているけど。これは全部、私のためにしてくれたことなんだ。
私が「不倫」なんて言葉に捕らわれて、人の道から外れた生活をしていると思わなくていいように。
──なんて、なんて人なんだろう。