俺と、甘いキスを。
受付で峰岸真里奈が仕事をしている。
あのことがあって以来、彼女は昨日出社したかと思えば、以前にも増して真里奈様ぶりを発揮しているようにも見えた。
「湯布院温泉でイケメンたちにエスコーされて癒されちゃったぁ」
などと言って、美味しそうなお菓子を配り歩いていた。
そのお菓子が私のところに来ることはなかったが。まあ、当然のことだろう。
峰岸真里奈は私を空気のように扱い、決して私に瞳を向けてくることはなかった。それは今日も同じだ。彼女は会長の会議に備えて、会議室のセッティングのために忙しく動いていた。
そんな彼女を横目に、私の電話の内線が鳴る。
内線番号45。
『今すぐ来てくれ』
一言だけで通話の切れた相手に、グッと眉間にシワを寄せる。
「私、暇人だと思われているのかしら」
独り言のつもりだったが、向かいに座るちなみがパソコンの画面から視線を外して私を見た。
「そこは素直に「好かれている」と言っておきましょうよ」
「なっ…!」
ドキリと慌てる私に、ちなみはクスッと笑う。
「先週は一日一回は必ず花さんのところに来ては、あれこれと仕事を頼んでいた右京さんでしたけど」
と、彼女は言葉を切って書類に記入する。
その手元を私も見ていると、相手の視線が再び私に向けられた。
「彼、どんな顔で花さんを見ていたか、知ってます?」
まるでイタズラ好きな子供のような笑みを浮かべるちなみのセリフに、顔がポッと熱くなる。
「ずっと一緒にいたい。そんな顔です」
もう恥ずかしくて聞いていられない私は、席を立ち上がる。
「あの人の愛想のいい顔は誰にでもしてるでしょ。ちなみさん、冗談が過ぎますよ」
と、ポツポツと小言を言って事務所を出ようとする。
その私の背中に、
「右京さんだって、誰にでもあんな顔はしませんよ」
と投げかけたちなみの言葉は、私の耳には届かなかった。