俺と、甘いキスを。
会長は白髪の頭に手を当てて笑った。
「こいつぁ、すごい。蒼士、いいものを作ったな」
「じいさんも年をとっても、頭脳明晰は変わらないな」
会長と孫。
どことなく似ている二人が微笑ましく見えた。
「じいさん、もうすぐ会議が始まる。花が会議室まで案内してくれるから」
と、右京蒼士が会長に言った。
──仕事中なんだから、せめて苗字で言ってくれたらいいのに。
そう思いながら、会長に一礼して「川畑と申します」と名乗った。
会長は私を見るとクシャリと顔にシワを作り、
「花さんか、いい名前だ。よろしく頼むよ」
と、小さく頷いた。
「川畑」と名乗っても、「花」と覚えられてしまったようだ。
右京研究室から本館までは時間にして、歩いて約二分弱。
隣を歩く会長は「花さん」と呼ぶ。
「僕の孫は、僕に似て機械いじりばかりのつまらない人間になってしまったが、あんな男でも支えてやって欲しいと思う」
何を言っているのだろう、と思った。
「右京さんには奥様が…」
とまで言うと、会長が手を横に振ってそれを遮る。
「いいんだよ。さっきの蒼士を見たら、奴が何を考えているのか、なんとなくわかったから」
と、彼ははにかんだ笑みを浮かべた。
本館まで戻ると、玄関口で一人の男性がこちらを見て「会長」と言って近づいてきた。
会長が軽く頷き、
「待たせたな、稲森」
と凛とした声を発した。
稲森さんという、オールバックの黒髪で黒縁フレームの眼鏡をした黒いスーツの長身の男性が、冷たい視線で私を一瞥する。
ビクリと体が震えた。見るもの全てを射抜くような鋭い目が、怖いと思った。
稲森さんは会長に向き直ると、
「会議室でみなさんがお待ちです」
と、低い声で静かに話す。
「うむ」
会長も短く返して、前へ進んでいく。その後ろ姿はオセロを楽しんでいた時とは全く違う、胃のあたりが押し潰されそうな感覚に襲われた。 思わず手を胃の部分にやる。
これが会長のオーラ。威厳。