俺と、甘いキスを。
五年前の今頃、研究所内でインフルエンザが流行り、病欠する社員が続出した。
その日も事務所で十人を超える病欠者があり、内勤者は担当業務などといっている場合で無く、お休みの人の業務を手分けしてやらなくてはいけない。
ここ数日残業続きの私は、今日も残業で一息つこうと二階の休憩スペースの自販機へ向かった。自販機の前に先客がいて、体を屈ませて飲み物を取り出していた。
その人は、右京蒼士だった。
彼は私に気がつくと、自販機にお金を落とし込む。
「早く、ボタン押せ」
と、切れ長の目を細めてクイッと顎で私を促す。
「え…?」
時々見かける紳士で優しいイメージとか、人と会話をしている時の穏やかな雰囲気とはまるで違う右京蒼士の態度に、驚いて目を見張った。
吊り上がった切れ長の目、不機嫌そうに曲げた唇。
「早く」
再度強めに言われて、私は慌ててあたたかいミルクティーのボタンを押した。
「あ、ありがとうございます…」
軽く頭を下げて、お礼を言う。
「ああ」
と、すぐ近くのソファに座っている彼は、ブラックコーヒーの缶をクイッと持ち上げた。
それは、あの日階段で助けてくれた、彼に初めて会った時の印象に似ていると思った。