【女の事件】豚小屋

第3話

6月29日のことであった。

ひろつぐは、保護観察士さんの男性の知人の紹介で守山区内にあるビール製造工場の運送会社に再就職をして、もう一度やり直して行くことになった。

しかし、ひろつぐが長続きできる保証がないことに変わりはない。

そんな中であった。

ひろつぐの父親が経営している縫製工場が傾きはじめていたので、資金繰りがさらに難しくなった。

信金からユウシが下りない原因が分かっているのに、ひろつぐの父親が先延ばしばかりを続けていた。

工場の従業員さんたちの不満が日ましに高まっていたので、暴動が発生する一歩手前まで追い詰められた。

工場で働いている女性従業員さんたちは、主に中国・韓国・東南アジア方面からの出稼ぎの従業員さんたちが中心であった。

毎年出るボーナスは、本国にいる家族のもとに全額送金していた。

ボーナスが支給される見込みがなくなったので、従業員さんたちのガマンが限度を超えていた。

アタシたち…

どうして豚小屋同然の工場に就職したのかしら…

アタシたちはドレイじゃないわよ…

ボーナスを支給してよ…

本国に残っている家族を養いたいから、ボーナスを支給してよ…

6月30日のことであった。

従業員さんたちは、ガマンの限度を大きく超えていた。

だから、工場は危機的な状況におちいった。

朝8時半頃のことであった。

中国雲南省から出稼ぎに来ていた女性従業員さんが自己の都合でやめると言うて、スーツケースを持って出て行こうとしていた。

ひろつぐの父親が土下座をして、必死に引き留めていた。

『もうすぐユウシが下りるから待ってくれ…』『帰りの飛行機の予約は取っているのか?』『あさってはみんなでコーチンを食べに行くのだからあと2日いることはできないのか?』…

ひろつぐの父親は、必死になって従業員さんを引き留めていた。

しかし、女性従業員さんはスーツケースの金具の部分でひろつぐの父親の頭をどついた後、怒って工場を出ていった。

休憩室にいた従業員さんたちは、ラクタンした表情になっているひろつぐの父親を冷めた目付きで見つめた後、工場から全員出ていった。

この時、ひろつぐの父親には従業員さんたちを引き留める余力はなかった。

ヒヘイしたひろつぐの父親が事務所へ戻ってきた時であった。

この時、事務員の女性がドカドカと足音を立ててひろつぐの父親に詰め寄った後に『ドタワケセクハラ社長!!』と怒号をあげた。

そして、ひろつぐの父親に1枚の書面を叩きつけて、握りこぶしを作ってデスクをドスーンと叩いた後こう言うた。

「社長!!社長は会社の経費でオイゴさんの奧さまか娘さんのホストクラブのつけをはらっていたのを聞いたので、ソートー怒っているのよ!!あんたは人の話を聞いているのかしらドタワケセクハラ社長!!」
「おい…しんどいのだよぉ…あとにしてくれ~」
「社長!!あんたは従業員さんたちにさられてしまった原因がわかっていないわね!!」
「わかっているよぉ…だけど従業員さんたちは…」
「いいわけばかりをならべないでよ!!社長!!4日前にやめてしまった女性従業員さんがおととい福岡の入国管理局に保護されたと言う知らせが入ったのよ!!その時、社長はどこへ行ってたのですか!?」
「どこって…信金…」
「ウソつくな虫ケラクソッタレ社長あんたは多川縫製を経営して行く意思があるのかしら!?」
「あるよぉ…」
「そういうのであれば、5000万円の約束手形を猶予期間内に全額決済してください!!」
「わかってるよぅ…だけど…5000万円をどこから調達すればいいのか…分からないから困っているのだよぉ…」
「社長!!あんたは工場を始める時に、開業資金を出してくださった人の気持ちを考えたことがありますか!?」
「あるよぉ…今の工場の経営を始めるときに…妻の兄夫婦が出してくださった…義兄夫婦は…子供たちの学資保険を解約してまで工場の経営資金を出してくださった…」
「だからなんだと言いたいのかしら!!」
「だから…義兄夫婦に負担をかけたくないのだよぉ…」
「ああああああああ!!なんなのかしらあんたは一体!!社長!!あんたは最初から工場を経営して行く資格がなかったのよ!!この際だから経営に向いていないことを認めなさいよ!!」
「認めてどうするのだよ!?」
「あんたは都合が悪くなったら逆ギレを起こすわけなのね!!もう怒ったわよ!!アタシ、今日限りで多川縫製をやめます…何で豚小屋同然の工場へ来たのかしら…飼い殺しだなんてまっぴらごめんだわ!!」

思い切りキレてしまった女性従業員さんは、デスクの整理をはじめた。

「ああ!!待ってくれ!!待ってくれ!!」

ひろつぐの父親があわてて女性事務員さんの引き留めに出た。

しかし、返り討ちにあったので引き留めることができなかった。

さて、その頃であった。

あずさは、晩ごはんの材料の買い出しに出かけていた。

買い出しの途中で、ひでのりから電話がかかった。

ひでのりは、今夜も残業だから帰りが遅くなると言うた。

あずさは『せっかくダンナの好物を作ろうと思っていたのに…』とイシュクした。

ところ変わって、日泰寺参道沿いの商店街にある八百屋の前にて…

あずさは、かかってきたガラホで電話をしていた。

「もしもし…また残業…もう何日間残業が続いているのよ…今夜はグラタンを作るからまっすぐに帰って来てと言うたのよ!!そんなに家で晩ごはんを食べることがイヤなのね!!よくわかったわ!!毎晩の晩ごはんの献立を考えている妻の気持ちが分からないと言うたから、今夜からは宅配のお弁当に変えるわ…ああああああああ!!もうサイアクだわ!!」

あずさはこう言うた後、ガラホの電話をブチッと切った。

この時、あずさは落ちついて晩ごはんの食材を買うことができなかった。

ガラホをバッグの中にしまった後、八百屋の前から歩いて立ち去ろうとしていた。

そこへ、となり近所の家の奧さまがあずさに声をかけてきた。

「ちょいと奧さま。」
「あら、おとなりの奧さま。」
「あんたーどしたんで(あんたどうしたの)?さっき怒った口調で電話しとった(していた)けど…」
「ああ…ダンナからでした…」
「ダンナ…」
「ええ…残業だと言うたから、いいわけばかり言わないでとたしなめていたのよ。」

あずさは『たいしたことじゃないよ。』と言うて大丈夫だとアピールしていた。

しかし、となり近所の家の奧さまは『そんなふうには見えんわよ(みえないわよ)。』と言うてあずさにくぎを刺した。

「奧さま、それどういうわけなのでしょうか!?奧さまはうちにケチをつける気なのかしら!?」
「なんでそんなに怒るん(怒るの)?」
「怒りたくもなるわよ!!」
「あんたー、さっき電話でもう晩ごはん作らん…宅配のお弁当にすると言うてたけど…」
「あれはダンナをたしなめるために言うただけよ!!」
「そういうふうには見えんわよ(みえないわよ)。」
「奧さま!!奧さまは毎晩の晩ごはんの献立を考えている人の気持ちが分からないと言うのですね!!なんなのかしらあんたは一体!!サイアクだわ!!」

あずさは近所の家の奧さまに思い切り怒鳴りつけた後、走って帰った。

あずさは、ひろつぐの家で暮らして行くこと自体が苦痛になっていた。

6月30日を境にして、家庭内の人間関係が極力悪化していたので、崩落を起こす危険性が高まっていた。
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