シンフォニー ~樹
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絵里加は、家族みんなの宝物だった。
可愛くて素直で、係った誰もが愛してしまう。
大きな目を クリクリさせて “タッ君” と呼ばれると、樹は つい笑顔になってしまう。
そんな絵里加に 恋人ができたと聞いたのは、父の会社に就職して 2年目になったときだった。
「へえ。姫もそういう年なんだね。」樹は、平静を装う。
胸を 何かで叩かれたような衝撃を隠して。
「まだ20才なのに。早いわよね。大丈夫かしら。」
母は、娘のことのように心配する。
「大丈夫だよ。隠れて付き合うより、安心じゃない。」
慌てる母を笑いながら樹は言う。
「智之さんと麻有ちゃんは、もう会ったらしいの。小学校からの同級生だっていうから、変な子ではないと思うけど。」母は続ける。
「俺達に恋人ができるよりも、心配しているね。」樹が苦笑する。
「何よ。あなた達も恋人連れて来て、心配させてよ。」
母は、やけくその様に言う。
「ヤバい。退散。」
樹は笑いながら、部屋に引き上げた。
絵里加のことがショックだったから。
実は、一人になりたかった。
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