シンフォニー ~樹

タクシーの中で、樹は、
 
「翔、本当に無理なのかな。」と聞く。
 
「うん。何もできない状態だったから。今は、機械で 命をつないでいるだけなんだ。」

翔は正直に言ってくれる。

恭子は 顔を覆って しゃくりあげてしまう。


「今朝、あんなに 元気だったのに。信じられないよね。」

樹は、優しく恭子に言う。

辛いのは、樹なのに。

恭子が 支えなければいけないのに。

わかっていても 涙が止められない恭子。
 

「倒れた時 まだ意識があって 私が お水をあげたら お祖父ちゃん ありがとう って言ったの。その後、すぐに 意識がなくなったから 多分それが 最後の言葉だと思う。」

恭子は 泣きながら 途切れ途切れに言う。


最後に聞いた恭子には、伝える義務があると思ったから。
 

「そっか。ありがとうか。お祖父様らしいな。」

樹が 目頭を押さえながら言う。
 

「うん。感謝の気持ちを 大事にしていたからね。」

翔も鼻を啜る。


狭いタクシーの 後部座席。

肩を寄せて座る三人。


別れの辛さが 三人の心を一つにする。


こんな時まで お祖父様は 力を尽くしてくれる。
 
 

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