シンフォニー ~樹
「樹の 正直な意見が 聞きたかったんだ。ケンケンのこと、どう思う?」
蕎麦と言いながら、天丼を注文した智くん。
笑う樹は、ふいに聞かれる。
「良い子ですよ、本当に。姫のこと、真剣に思っていますよ。」
何故、俺に聞くのかと 思いながら、樹は答える。
「それは わかるんだけど。今の若い子だから、気持ちが変わるとか、醒めるとかってあるだろう。」
智くんが 何を聞きたいのか 樹はわからない。
「どうかな。ケンケンは ないと思うけど。相手が姫ですよ。ずっと 思っていたわけだし。」
樹は、真剣に答える。
そして自分の言葉に目が覚める。
「そうか。このまま、卒業まで 付き合えると思っていて 大丈夫かな。」
天丼を 美味しそうに食べながら、智くんは言う。
「大丈夫ですよ。ケンケンも姫も、そんなに軽くないでしょう。」
樹は自分の言葉に、首を絞められていく。
智くんは、樹に言わせることで 樹の思いを 断ち切らせるつもりなのだと気付く。
「二人とも、親に挨拶したばかりに、中学生みたいな 付き合いしていてさ。絵里加はネンネだから それも心配なんだよ。」
智くんの言葉に 笑いながら “そんなこと、俺に言うなよ” と樹は思う。
「確かに、姫は幼いからなあ。それもケンケンの 試練ですね。」
樹は少し自棄に言う。
「源氏物語、知っている?あれって 理想だよね。若紫の章。」
ふいに話しを変えた智くんを、樹は戸惑って見つめる。
智くんは、樹の気持ちに 気付いている。
樹は確信した。
「あれは、他人だから。」ふいに言ってしまう。
天丼の油が、急に胃を重くする。
智くんは、樹の言葉には触れない。
一つ残ったしし唐の天ぷらを食べて、
「からい。」と言う。
樹を優しく見つめて。