シンフォニー ~樹
8
絵里加達がグアムに旅立った日の朝、智くんは寂しそうに樹に話しかけた。
「俺、寛大にも程があるだろう。航空券手配して、ホテルはスイート取ってあげて。何やっているんだろうって思うよ。」
苦笑する智くんに、
「隠れて、変なホテルに 行かれるより、いいじゃないですか。」樹が言う。
「麻有ちゃんに そう言われてさ。旅行予約したけど。隠れて行かれた方がいいよ。帰って来た絵里加、どんな顔で 迎えるんだよ。」
いつも穏やかで 冷静な智くんが、珍しく 感情的になっている。
娘を 手放す父親の 気持ちは、わからない。
でも樹も寂しさに耐えていた。
あまりにもオープンな家族は、すべてが聞こえてしまう。
知りたくないことも。
「何言っているんだよ。自分だって 麻有ちゃんを お父さんから奪ったくせに。」
智くんと樹の会話に 父が 割込んでくる。
「それはそうだけど。俺は 浮ついた気持ちじゃなかったし。」
智くんの言葉に
「ケンケンも、浮ついた気持ちじゃないと思うよ。同じだよ、俺達と。」
父の言葉は 正論過ぎて、樹の心には響かない。
「そんなこと、わかっているけど。だから旅行させたんだよ。でも、理屈じゃないんだよ、このいやな気持ちは。」
智くんが言う。
「俺、娘いなくて、本当に良かった。」
父は樹を見て笑った。
「案外、普通に 帰って来ますよ、姫は。きっと今までよりも、優しくなって。」
絵里加は そういう子だから。
今までよりも 広がった世界に感謝して。
それを 与えてくれた人達に 感謝して。
ただ絵里加が傷付かないでほしい。
樹は、それだけを願っていた。
「そうだよな。ずっと 俺の手元に縛っては おけないんだよね。子供が大人になるって、辛いなあ。」
智くんの言葉は、樹の心を締めつける。
自分よりも小さくて、いつも 手を差し伸べていた絵里加なのに。
あっと言う間に 飛び立ってしまった。
大人になって 帰ってくる絵里加は、今までよりも輝いているだろう。
智くんと同じで、樹も 絵里加を迎える自信がなかった。