正しくない恋愛の始め方
「ええー、アイツ今日は紗衣ちゃんの愛妻弁当たべたわけ!?」
「愛妻じゃないと思いますけど、お弁当渡したのは事実です。」


 ぼんじりを串から外しながら、そう答える。今日のぼんじりはしっかり串に刺さっているらしい、なかなかとれない。それを見かねて私から串を奪って、さっと串からぼんじりを外しながら浦田さんはなおも言葉を重ねる。


「柴田をスーパーの足につかったっていうのもウケるわね。」
「変ですか?」
「ううん、夫婦なんだからどんどん使えば良いと思うわ。」


 使うという表現なんだろう、と首をひねりながら今後も買い出しに付き合って欲しいのは事実なので、今度また頼んでみよう。車は怖くて、免許は取ったけどペーパーだから、運転するのは遠慮したい。桂史朗さんが乗ってる車、高そうだし私が運転するなんてとんでもない。

 お酒が入ったのかけらけら楽しそうな浦田さんと、2杯ほど飲むと解散することになった。柴田にタクシー使えと言われたから、とタクシーを待ちながら、浦田さんがぽつりと零した。


「今度、ちゃんと桂史朗って名前を呼んであげるといいわ。いや、今度じゃなくて、今夜。週末はダメよ、今日にしなさい、今日。」
「浦田さん、酔いすぎです。」
「いいから!ちゃんと、呼ぶのよ!明日、確認するからね!」


 浦田さんに言いきられて断ろうとしたが、奇しくもこのタイミングでタクシーが来た。タクシーに押し込まれながら、絶対名前で呼ぶのよと念押しされてそのままタクシーが発進した。慌てて、桂史朗さんと暮らすことになったマンションの住所を伝える。

 外を見ながら、はぁと吐いた溜め息はお酒臭かった。


「おかえり、紗衣。」
「ただいま、……桂史朗さん。」


 今まで、なんとなく名前を呼ぶのは躊躇っていた。距離感が近すぎる気がして、でも柴田姓は違うって話だし、栗田さんって呼ぶのは私も栗田になったんだから可笑しいし。でも、確かに一緒に暮らしていくのに名前を呼ばないのは可笑しいよね、と思ってさり気無さを装って名前を呼んでみた。心の中では桂史朗さんって呼んでるし。

 達成感に満ちた私とは逆に、桂史朗さんは笑顔で固まっていた。立ち上がりかけた姿勢のまま動かないのだが、その姿勢はつらくないだろうか。


「紗衣、紗衣、ななな名前、紗衣。」
「私の名前を連呼しなくても大丈夫ですよ、桂史朗さん。――きゃっ!」


 靴を脱いで、しゃがんで脱いだ靴をそろえていたら後ろから抱き締められた。とりあえず、しゃがんだこの姿勢はつらい。
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