正しくない恋愛の始め方
 途中、給湯室に寄ってコーヒーを2杯用意してから小会議室に入る。なお、コーヒーを用意したのは私だが、用意しようとしたのは柴田主任だ。長話する気なんだろうか、と思うも部下である自分が何か言える立場にはない。しかも、不本意ながら私個人のことについてだ。文句言える立場にはない、言いたいけど。

 奥に行くよう促されて座ると、柴田主任は1人分空けて隣に座った。顔を見ながらだと何も言えなくなりそうなので、こういう配慮は有り難かった。


「浜本、俺としては君が来てから大分効率化が進んだし感謝しているんだよ。課長も君のこと褒めてたし、同じ気持ちだと思う。でもそれが、君の負担になってた?」
「いえ、有り難いお話ではありますが。プライベートなことによる、一身上の都合なので。会社での問題ではありません。」
「もしかして、結婚するとか……?これ、コンプライアンスに引っかかるかな。」
「いえ、違います。でも本当に、プライベートなことですので……。」

「借金でもしちゃった?」


 はっ、と息を飲む。なんで、いつバレた、とぐるぐると思考が回る。


「知ってるよ、入社前は浜本が借金を返すために夜の仕事していたことも。」
「っなんで!」
「企業秘密。」
「なっ、今はしていないし、やましいことはありません!」
「うん、知ってる。でも、また借金抱えてるとは思わなかったな。先週末の話かな?」

「だとしたら、なんだって言うんですか!柴田主任には関係ないでしょう!」


 思わず、声を荒げた。過去のことなんて触れて欲しくないところに触れられたのもそうだし、先週末のことを言い当てられたことも驚いた。何より図星ばかりで、言い返せないのが何より悔しかった。

 ガタッ、と席を立つと大股で扉へと向かう。が、かけられた言葉に足を止めた。


「なあ浜本、解決する方法があるって言ったらどうする?」
「……そんな方法があるとは思いませんけど。」
「あるんだよ、それが。悪魔に魂、売る気ない?」
「本気で言ってます?」
「本気も本気、仕事も辞めずに済むよ。」

「……興味あります、お話聞かせてください。」


 そう、ちょっとばかり魔が差しただけなのだ。今の職場は気に入っているし、夜の仕事がうまくいく保証もない。それを一度に解決する方法があるなら、それはそれこそ悪魔に魂を売っても惜しくないと思ってしまったのだ。

 この時の私に声を掛けられるなら、辞めておけと言ったかもしれない。いや、それでもこの話を聞いてしまっただろうな。


「契約しようか、浜本。」
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