正しくない恋愛の始め方
 悪魔に魂を売り渡してからは、あれよあれよという間に結婚が決まり、結婚式後に引越しする流れになった。正直、あまり思い出せないほどめまぐるしく日々が過ぎていったとしか言えない。

 父さんが寂しそうに、でも嬉しそうに笑っていたのが印象的だった。


「紗衣、これで全部?」
「あ、はい。置いといて頂ければ大丈夫です。」
「そう、ならご飯食べに行こうか。」


 結婚式後に入籍をした。私は、浜本紗衣から、栗田紗衣になった。

 結婚が決まってから、柴田主任のご家族に会う前に事情を話された。どうやら柴田姓は柴田主任のお母様の旧姓らしく、柴田主任の本名は栗田桂史朗というらしい。私の勤める株式会社チェスナットの創始者一族、栗田家で柴田主任はいわゆる嫡男。つまり、私は資産家のジジイではなく次期社長となる御曹司に魂を売ったらしい。そりゃ借金を解決できなくはないだろう。普通に眩暈がした。


「でも、本当によかったの?あの家じゃ狭いだろ?」
「いえ、十分広いですよ。もったいないくらいです。」


 引っ越しは、柴田主任……じゃなくて桂史朗さんの家に私が移ることになった。桂史朗さんは狭いだなんだ言ってるけど、2SLDKで十二分に広い。私は1部屋もらうことになって、そちらに荷物を置いてもらい食事に出ることになったという訳である。

 なお、引越しの時に家電製品はほとんど捨てたけど、キッチン用品は逆に持ってくることにした。桂史朗さんの家のキッチンは使った形跡が一切なかった。


「本当はお昼作れれば良かったんですけど……。」
「いいよ、疲れてるでしょ。頑張ったら疲れちゃうよ。」
「でも帰りにスーパー寄って下さいね。自炊しないと倒れちゃいますよ。」


 静かに走る車が、赤信号で停まる。なんとなく、桂史朗さんの方を向くと視線が合った。にっこりと微笑まれて、慌てて前を向く。


「今まで外食やコンビニ食で大丈夫だったから、大丈夫だと思うけどなぁ。」
「いらないなら、私だけ自炊します。」
「うそうそ、紗衣の手料理食べたい。」


 信号が青になって、車が発進する。動き出した静かなエンジンを聞きながらはぁ、と息を吐いた。なんだか、早まってしまった感がしてならない。でもまあ、懸念事項が無くなったのだから、これでいいのかな、いいんだろうと思いこむとした。

 車窓から見える景色は、これから住むはずの街のはずなのに馴染める気がしなかった。こんなんで大丈夫だろうかと、そっと再び溜め息を吐いた。
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