正しくない恋愛の始め方
 桂史朗さんから連れてこられたのは、蕎麦屋さんだった。ちょっと疲れていたから、蕎麦というのは楽でいいかもしれない。海老天つけてもいいだろうか、と年甲斐もなくそわそわする。

 その様子を見られたのか、くすっと笑われた。


「紗衣は海老天好きでしょ、頼めばいいよ。」
「……そんなに顔に出てましたか?」
「いや、紗衣と昼休憩一緒にしたことあるし知ってるよ。」


 確かに、柴田主任時代《以前》は一緒にご飯を共にしたことあるし、残業が長引いた時は海老天蕎麦を頼んだこともあったような気がする。覚えられるほどにうきうきしていたのだろうか、と恥ずかしくなった。


「美味しかったですね!」
「気に入ってくれたなら良かった。引っ越し蕎麦も兼ねてるから。」
「あれ、そういう意味だったんですか?」


 引っ越し蕎麦って人に渡すモノだから違うような気もするけど、美味しかったから問題ない。また来たいなー、とお店を出てから振り返る。立派な構えをしている、いいお店だ。ちなみに、自分の分は払おうと思ったら、夫婦で一緒の財布なんだから気にするなと払われてしまった。イマイチ納得しかねるけど、結婚とはそういうモノなんだろう。たぶん。

 その足で、スーパーへ向かった。カートとカゴを持って、店内に入ると色輝く野菜がお出迎えしてくれていた。なお、手持無沙汰な桂史朗さんはちょっと笑えた。


「おおお、ここ安いですね!」
「そうなんだ?評判がいいから来たんだけど、良かったね。」
「はい!……まとめ買いしたいんですがいいですか?」


 荷物持ちなら任せて、と言われたので手に取って確かめながらぽんぽん放りこんでいく。平日は疲れているから、休日にまとめて下拵えしておくのが私のスタイルだ。とはいえ、今は日曜日の午後。今週はかなり手抜きになりそうだな、とぼんやり思いながらお米や調味料といった基本的なモノも忘れず入れていく。米がないくせに米櫃はあったのだから、あの家はよくわからない。

 買い終えて、袋に詰め込んで車に運ぶのが大変だった。これ、帰ってからもやるのかと思うと嫌になりそうだ。大部分は桂史朗さんがやってくれたけど。


「ありがとうございます。」
「これくらいいいよ、これで大丈夫?」
「はい。あ、夕飯は何が良いか思いつきましたか?」


 スーパーで夕飯に何が食べたいか聞いたのだが、思いつかないと言われたので考えておいてと頼んだのだ。買ってきたモノを自分ルールで仕舞いながら問いかければ、ややあって答えが返ってきた。


「オムライス。」


 なんだろう。この人、可愛い。悪魔に魂を売り渡したと思ったけど、思ったより可愛い悪魔らしい。
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