正しくない恋愛の始め方
「ねぇ、紗衣ちゃん。柴田と結婚して後悔してない?」
「後悔、ですか?なんでですか?」
「いえ……紗衣ちゃんがいいなら、いいんだけど。」


 出勤したら、柴田主任の席が無くなっていた。どうやら桂史朗さんから聞いていた通り、急な部署移動、というより専務となるよう辞令が降りたらしい。元々そういう話が合ったのだがどうやら断っていたらしく。条件を満たしたから、とは聞いたけど断っていた理由は教えてもらえなかった。

 そんな、桂史朗さんが居なくなったことにより慌ただしい午前中を過ごし、やっと取れたお昼休憩を浦田さんと過ごしていた。というより、浦田さんが無理やり休憩しなさいと言ったからそのまま休憩を一緒させてもらっていた。


「ほら、外堀を埋めるように紗衣ちゃんを囲い始めたから私心配で。」
「外堀?あれ、……浦田さん、柴田主任のこと好きでした?すみません……。」
「いやいや、なんでそうなるの!私と柴田はそんな関係、一切ないからね!」
「ん、んん?えっと、わかりました……。」


 浦田さんが柴田主任こと桂史朗さんを気にかけているので、気になって聞いて見たが違うらしい。少しほっとして、自分でその感情の理由が分からず首をひねった。どうしたの、と浦田さんに聞かれたが首を振る。

 結局、そのままその話は流れて昼休憩は終わった。


「さあ、紗衣ちゃん飲みに行くわよー!」
「え、ああ、はい。」

「――はい、じゃないの紗衣。浦田、うちの奥さん連れていくなって。油断も隙もない。」
「なによ、紗衣ちゃんのガス抜きを手伝ってあげるって言ってるんじゃない。ね、紗衣ちゃん。」


 うぐ、と言葉に詰まる桂史朗さんを見ながら何でいるんだろうと考える。専務など上役はフロアが違う。つまり、降りて来たということである。何か用があったのかな、と首を傾げる。


「紗衣の純粋な瞳が痛い……。」
「自業自得よ。今日は紗衣ちゃん借りるわよ、そんなに遅くまで付き合わせないから。」
「これ渡すから、タクシーに乗せて。」


 流石専務、と愉しげに笑う浦田さんに引きずられながら会社を後にした。文句言っていた桂史朗さんが、にこやかに手を振っているのを見てなんだかよくわからないな、と更に首を傾げた。

 浦田さんに連れてこられたのは、いつもの居酒屋だった。ここの居酒屋は焼き鳥が美味しいんだよね、とわくわくしていたのがバレたのか好きなの頼みなさいとメニューを渡された。モモと皮、ぼんじりとウーロンハイを頼んだところで、浦田さんがにっこり笑った。


「色々吐いてもらうわよ、紗衣ちゃん。」


 何を聞かれるんだろう、と頬が引き攣った。
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