愛溺〜番外編集〜
体育祭実行委員の開始予定まであと5分を切ったところで、また何人かが視聴覚室に入ってきた。
そこに視線を向けるなら、私は思わず目を見開く。
「寛太?」
こげ茶色のふわふわした髪が目に入り名前を呼べば、彼はこちらを向いた。
「あ、愛佳先輩!」
朝にも会った後輩の寛太も、どうやら実行委員になったようで。
私と目が合うなり、駆け寄ってきた。
本当に犬のようだ。
「聞いてくださいよ、クラスの奴らに無理矢理やらされたんです。担任も同調して…」
なんとなくその様子が想像できる。
きっと寛太のことだ、拒否すらできなかったのだろう。
「奇遇だね、私たちもだよ」
「え、愛佳先輩もですか?それはびっくりで…あっ!この人が愛佳先輩の彼氏ですよね!?」
話している最中に寛太は涼介に視線を向けたかと思うと、少し興奮気味に聞いてきた。
どうやら付き合っていることを知っていたようだ。
「うん、そうだよ」
「やっぱり!初めまして、愛佳先輩の後輩の樋口寛太って言います!すごいイケメンさんですね…」
律儀に挨拶する寛太。
そこまでする必要はないというのに。
涼介は少し驚いた様子だったけれど、すぐに笑顔を浮かべた。
「初めまして、瀬野涼介です。
それにしても愛佳の後輩って?」
「あ、愛佳先輩とは中学の時に同じ部活で…可愛がってもらってました!」
「そっか。あ、もうすぐ始まるみたいだから席についた方がいいと思うよ」
「ほ、本当だ…!じゃあこれで失礼しますね!」
寛太は明るい笑顔を浮かべて挨拶をした後、1年の集まる席へと戻っていった。
周りをも明るい空気にさせる寛太の騒がしい様子を見て、つい笑みが溢れてしまう。
本当に面白いなぁ、なんて。
「良い子でしょ?部活の後輩」
「愛佳がそう言うなら、きっと良い子なんだろうね」
「うん、何だか犬みたい」
ずっと尻尾を振っていそうだ。
甘え上手な犬。
同じ学校に入ってきたのも何かの縁かもしれない。
受験も控える中で、楽しい最高学年の日々になりそうだと期待を抱く自分がいた。