愛溺〜番外編集〜
「それでどうするの?
白野未央を連れて帰る?」
「……いや、今日は寝ているし大丈夫。
また明日、迎えに来るから。何時頃に来ようか」
どうやら相手は何も手を出すことなく、今日は帰るつもりらしい。
もしかしたら俺は実力を試されたのかもしれない。
「別に、好きな時間に来るといい」
「ありがとう。ごめんね、未央が迷惑かけて」
白野未央よりも、このように家へ乗り込んで来られた方が迷惑だ。
壁に押し付けていた人物をようやく解放する。
「これ、刃物です。
あまり危険な物を家に持ち込まないでくださいね」
相手は俺や神田拓哉よりも、ずっと歳上らしき男だった。
だがその男は刃物を受け取ろうとせず、何やら俺に視線を向けてきた。
「……あの、どうしたんですか?」
もしかして負けて悔しかったのだろうか。
だとしても、早く神田拓哉と去って欲しいと思っていたが───
「素晴らしいお方ですね」
男はようやく口を開く。
神田拓哉と同様、穏やかな口調だった。
「この私の存在に初めから気付いていたなんて…物音を一切立てていません、どうして気付いたのですか?」
少し興奮気味だった。
恍惚とした眼差しを向けられ、相手の意図が全く読めない。
「宮木さん、落ち着いてください。
今日はもう行きましょう」
「……嗚呼、本日はもう行かなければならないようです。瀬野涼介様、私はまた素晴らしい逸材に出会えて心から喜んでおります」
丁寧な口調が、逆に気味の悪さを増幅させていた。