悪役令嬢ですが、チートが目覚めて溺愛されています

「放っておかない。どんな人間だろうと、あなたは私の患者だもの」

 アリスは手を放すと、さっさと清拭用の布で自分の指を拭いた。

 耳を押さえたジョシュアが仰向けになって彼女を睨む。

「もういいんだ。俺はどうなったって。どうせまっとうになれるわけないんだ。死んだってかまわない」

 喚くジョシュアを、アリスは冷たく見下ろした。

「そう言う人に限ってね、いざお酒を飲んで吐血すると怖くなって救急車呼ぶのよ。それを何度も繰り返して、看護師に嫌な顔されるの」

「何の話だ?」

「なんでもない。とにかく、本当は死にたくないんでしょ。あなたはただ、寂しさや虚無感から逃れたいだけよ」

 言い当てられ、ジョシュアは反論もできなくなった。

「しかし……俺はだいぶ悪い状態なんだろ?」

「まあね。でも絶望的ではないわ、あなたの心がけ次第では」

「そうか。いや、もういいんだ。俺はルークのように若くない。もう出世は望めない。ただ……」

 アリスは黙って彼の言葉の先を待った。

「こんな腹じゃなければ、少しは希望が持てたかもしれない」

 限界まで腹水が溜まった腹を撫で、ジョシュアは何かを思い出すようにまぶたを閉じる。

 アリスはその諦めに満ちた顔と、カエルのような腹を交互に見つめた。

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