渋谷ダイヴ
第2話
 そこは異空間だった。壁も天井も床も黒い。暗すぎる照明。
明るいものはミラーボールだけ。
ステージが目の前にあり、楽器は手を伸ばせば届きそうだった。

 中にいる人は皆、雑誌に載っていそうな容姿をしている。
片手にはビール、片手には煙草。ぼーっと傍観するリサ。
好きなお酒を飲みながら好きな音楽を聴く。
どんな気分なんだろうと、リサは思った。

 人が増えてくる。
目の前に、一際細身の男性がステージを見ていた。
そこへトミーが来る。
相変わらず気さくで楽しい。キャバクラの客であったことを忘れる。

 するとトミーは、リサの目の前の一際細身の男性に声を掛けた。
ロンドンムーンのヴォーカル、ナカムラだった。
トミーはリサをナカムラに紹介する。
既にトミーはナカムラと仲が良く、ナカムラは律儀で人が良かった。
丁寧に挨拶をしてくれた。

 ライヴが始まる。
まずは一組目のバンド。ロンドンムーンの出番は二番目だった。

 爆音。生きてきた中で一番大きな音を聞いた。
どの音が何なのか、リサにはよくわからなかった。

 小さなハコ。
音響も完璧ではなく、鮮明ではない。
でもそれにリサは気づくこともない。
ライヴハウスへ来たのが初めてのリサ。
無理もなかった。
音や人に圧倒されながら、一組目のステージが終わる。

 次はロンドンムーン。3ピースのバンドだった。

ギターが鳴る。
ベースが鳴る。
ドラムが叫ぶ。

 ロンドンムーンの音の区別、
リサはなぜかはっきりとわかった。
とにかくかっこよかった。
歌、演奏、パフォーマンス。
これがロックンロールなのだと、リサは知った。

 ライトがよく当たらない奥まった位置のドラム。
そのドラマーに、リサは惹きつけられる。
少なくとも一組目のドラマーとは格別に違う。
勢い、迫力、存在感。
全身全霊で叩いている。
数曲しか()っていないに汗だくだ。
白いタンクトップ。
タトゥーが胸から肩に入っているのが見えた。

 ロンドンムーンのステージはあっという間だった。
隣のトミーはテンションが上がっていて、
とてもいい表情をしていた。
しばらくするとメンバーがフロアに出てきた。
リサは感じたことをそのままナカムラに感想を伝え、
ナカムラから礼を言われた。
次に現れたのは、ベースのノグチだ。
陽気で明るく、人懐っこい人だった。

 そして最後に現れたのが、ドラムのタナカだった。
顔と髪の汗を拭きながら来た。
リサはタナカと目が合う。軽く挨拶をした。
それが二人の初めの瞬間だった。

 メンバーは他のバンドマンたちの群れに消え、
リサはトミーと帰ることにした。

 トミーが店に来ることは二度となかったが、
ライヴのためリサはトミーと会い続けた。
ロンドンムーンを観るために。
しかしタナカとはいつも挨拶だけ。
それ以外、何もできなかった。
それが恋だと、リサは気づいていない。
恋だの愛だの、
そんなもの知る生活を送ってこなかった。

 タナカの吸っている煙草は赤マル。
大きな十字架、クロムハーツのジッポを使っている。
それだけは知ることができた。

 何度もライヴに行けば、情報が自動的に入ってくる。
バンドマンがバンドを掛け持ちすることはよくあることらしい。
タナカもそうだった。
タナカは4組のバンドを掛け持ちしていた。

その中で一番大きく一番知名度の高いバンド、
AKM7(エーケーエムセブン)
通称、エーケー。
MVがネットで観れるということで、
リサは早速観る。

 そのバンドも3ピースだった。
ギター、タナカのドラム、そしてベースヴォーカル。
そのヴォーカルは女だった。
特別美人でも可愛くもない、どこか冴えない女。
歌声、歌唱力、演奏、雰囲気。
全く魅力を感じなかった。
ちっともかっこよくない。
いいところがひとつもない。
何より、
タナカのドラムが全く活かされていなかった。

 そしてタナカはそのヴォーカルと付き合っている。
その情報も知ってしまった。
リサはひとり、ショックを受けた。

 さらにショックは続く。
タナカがロンドンムーンを抜けるらしい。
その後タナカはどうするのかわからないまま、
リサはひたすらショックを受けていた。
何もできなかった。
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