ぜんぜん足りない。
今だけ同じ家に住んでるから ……なんて言ったら、またヘンに騒ぎ立てられるかもしれない。
焦ったわたしは、下手くそな嘘ひとつ思い浮かばなかった。
「ねえ、あのさ」
こおり君の低い声が落ちてくる。
わたしじゃなくて、那月ちゃんのほうを向いていた。
「国立さんの恋愛事情に、部外者が首突っ込む必要ないと思うんだけど」
「そ……そうかもだけど。でも光里だって、本命の代わりにされるのは嫌じゃない?」
「……うん、しぬほど嫌」
「でしょ? それをはっきり言わないと、桃音ちゃんもわかんないと思うよ?」
こおり君が、横目でわたしを見た。
いつものごとく無表情で、何考えてるかわからない。
そんなこおりくんの口から零れた言葉は……
「でも今日は桃音と約束してるから」
──夢を見させてくれるには十分すぎるもので。
十分すぎて、……やっぱりおかしいと思った。
上げて、上げて、これでもかってくらい高いところからいっきに落とす──のが、こおり君の得意技なんだもん。