ぜんぜん足りない。
くちびる噛まない。

.

.


鼓膜が破れるんじゃないかってくらい喧騒が確かに聞こえるのに、自分はどこか別の世界にいるみたい。


唇が重なっているあいだの時間が、やけに長かった……ような気がする。


好きな人とキスしたら、体も心もポカポカするはずなのに、ヘンだなあ。

正反対だよ、凍りつくみたいに冷たい。


キャーとかヒューとかエーッとか。
そんな声まで、ぜんぶ無機質な音に聞こえた。



「ちょっと……なにしてるの、光里」


那月ちゃんの唇がわなわな震えてるのが見えた。


「なにって。見てわかんなかった?」

「っ、ふざけてるの? 光里おかしいよ! 賭け事でこんな……、好きじゃない子に、しかもみんなの前でキスするとか……!」


「そうだね」

「そうだねじゃないでしょっ? 桃音ちゃんも可哀想だよ。こんなの公開処刑じゃん!」



そうだねって。
こおり君は同じ調子で繰り返す。


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