ぜんぜん足りない。
くちびる噛まない。
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鼓膜が破れるんじゃないかってくらい喧騒が確かに聞こえるのに、自分はどこか別の世界にいるみたい。
唇が重なっているあいだの時間が、やけに長かった……ような気がする。
好きな人とキスしたら、体も心もポカポカするはずなのに、ヘンだなあ。
正反対だよ、凍りつくみたいに冷たい。
キャーとかヒューとかエーッとか。
そんな声まで、ぜんぶ無機質な音に聞こえた。
「ちょっと……なにしてるの、光里」
那月ちゃんの唇がわなわな震えてるのが見えた。
「なにって。見てわかんなかった?」
「っ、ふざけてるの? 光里おかしいよ! 賭け事でこんな……、好きじゃない子に、しかもみんなの前でキスするとか……!」
「そうだね」
「そうだねじゃないでしょっ? 桃音ちゃんも可哀想だよ。こんなの公開処刑じゃん!」
そうだねって。
こおり君は同じ調子で繰り返す。