ぜんぜん足りない。
こおり君くんのキスは丁寧だ。
長くも短くもないけど、唇でしっかりかたちを捕らえて、触れてることをちゃんと確かめさせてくれる。
それから、離れる直前に、上唇を甘く噛むの。
決して深いキスじゃないのに、それが余韻になって、魔法がかかったみたいに頭の中がぽわんとする。
こおり君のキス、だいすき。
ぽわんとしてたら、再び目の前が暗くなった。
──ちゅ、と
今度はわざとらしいリップ音を立てて離れていく。
「……今の、なに?」
「なにって」
「キス、2回もしてくれた」
「……桃音が、おれたちのこと誰にも言わないように」
「え……。あ、口封じ?」
「わかってると思うけど、バラしたら別れるから」
最後にそう釘を刺して、こおり君はわたしの家を出ていった。