ぜんぜん足りない。
だからいやなの。
わたしを簡単におかしくさせるから……。
「帰る」
たった3文字なのに、あらかじめ頭に文字を書かなきゃいけなかった。
書いたものをなぞることでしか、声にできなかった。
「荷物ありがとう、」
スクバををつかむと、あっけなく手が解かれた。
だらりと下がった腕は、もうわたしを追いかけてこない。
目を逸らす直前、こおり君の瞳が不安定に揺れたように見えたのは……きっと気のせい。