ぜんぜん足りない。
覚め切らない脳が一気に覚醒した。
隣──こおり君の部屋。
言われたとおりに耳を澄ますと、かすかにだけど、確かに聞こえた。
男の人の、低く荒ぶった怒声……。
それに混じって、ドン!とか、ガタン!とか鈍い音が響く。
マンションの壁は分厚くて、ちょっとやそっとじゃ、音は漏れないはずなのに。
血がさあっと下の方に流れていく感覚がした。
「やべぇな。喧嘩でもしてんのか? 隣、ヤクザの事務所にでもなってたら笑えねーぞ?」
こおり君はひとり暮らしだよ。
そしてこの怒鳴ってる声はこおり君のものじゃないよ。
なにが起こってるの?
「おい桃音、どこに……」
「律希は寝てて。わたしちょっと見てくる……っ」
「はあ? バッカ、誰が住んでるかも知らねんだろ? もう少し経っても収まんなかったら、管理人に見に行ってもらえばいーだろ」