ぜんぜん足りない。
ああ、あんまり思い出したくないかも。
あの時は幼いながらに、このまま死んじゃうかもって思ってたんだ。
寒さと寂しさの両方で押しつぶされそうになってた。
「俺のが移ったのか……。熱っぽさは?」
「ぜんぜんないよ。喉が痛いだけ」
「そっか。悪化しないといいな。俺、明後日には寮に戻るから看病してやれねぇよ?」
「大丈夫だと思う! 幼稚園以来かかったことないし!」
マジで気をつけろよ、と言った律希は、もう顔色もよくて全快したみたい。
「てか、昨日くっそ遅くまで誰かと通話してたよな」
「……あ、うん。ミヤちゃんと、ちょっとね! じゃあ、行ってきまーす!」
いつもより元気よく家を出た。
これは演技じゃない。
ミヤちゃんに話を聞いてもらって、気持ちの整理ができたから。
今すぐには無理でも、こおり君のことはちょっとずつ忘れていこう……。
──そう、思ったのが3秒前。
「うっ」
「う?」
「おは……おはよう、ございます、こおり君」
「ああ……うん」
エレベーター前で出くわすのって、あんまりじゃないですか。