ぜんぜん足りない。
もしかして……
「那月ちゃん、傘ない、の?」
びっくりした顔で那月ちゃんが振り向くから、わたしもびっくりしてしまった。
「あ、桃音ちゃん……。持ってきてたはずなんだけど、どうしてか見当たらなくって」
にこっと無理につくった笑顔にズキッとした。
「あっ心配しなくて大丈夫だよ。中学のときからこーいうの慣れてるんだよね〜。でも、べつにいいんだ。男の子の前だと可愛子ぶってる自覚はあるけど、あたしはそれを悪いことだって思ってないし」
なんて返していいかわからない。
那月ちゃんの言ってることは本心だとしても、慣れてるからって傷つかないわけじゃないと思う。
「那月ちゃん、わたしの傘使って」
気づけば、口からぽろり。
「いやいや、いいよっ。桃音ちゃんが濡れちゃう」
「っ、いーの! わたし、教室に折りたたみあるから!使って!」
半ば押し付ける形で、那月ちゃんの手に握らせた。
拒否される前にと背中を向けて、教室に戻るフリをした。だって、折りたたみなんか本当は持ってないんだから。
……これは、偽善なのかもしれない。
わたしは自分の醜い嫉妬を、傘を貸すことで清算しようとしたのかも。
考えれば考えるほどわからなくなる。これは自分の純粋な優しさじゃないのかもしれないと思うと悲しくなる。
──────結局、濡れて帰った。
風邪、治らないだろうなって。頭の片隅で考えながら。