ぜんぜん足りない。
「あー、光里。やっと見つけた」
背後から聞き覚えのある声がして、まずいなと思った。
あー、そっか。
そういえば社長の息子だったっけ。
どうせ最初からバレてる。
聞こえないふりをするのも面倒くさくて、さっさと振り向くことにする。
「うわあ、お互いスーツって見慣れないねぇ。光里くん超似合ってる〜!……って言われんのは不本意?」
「お前、声でかいから」
「あー、そっか。ここでは、“郡光里”って名前で呼んだらだめなのか〜。……ホント、可哀想」
そう言いながらも、声のトーンはしっかり落とさないあたり、初めから完全にわざとだ。
「オレもさあ、この会場でみっちーなんて呼んでくれる人いないから寂しい」
「そー。じゃあおれが呼んであげる」
「んんん嬉しい! 持つべきものは友達だねえ〜」
おれたちは、なんとなく肩を並べて歩き始める。
ヘンに偉ぶった大人たちに声をかけられるより、お互い、このほうが全然いい。