ぜんぜん足りない。
郡光里くんの家にいて、彼とモメて、出ていこうとしてるところだよ。
『ひとり?』
「あー……、うんひとりだよ! 部屋でゴロゴロしてたとこ」
『そっか。じゃあ話そうよ。ちょっとだけ』
「話す……うん、ちょ、ちょっと待っててね。1分くらいミュートしてもいいかな? えっと……えっと、トイレ行ってくるので!」
返事を聞かないまま、ミュートボタンをタップ。
1分以内に自分の部屋に戻って通話する構えを取るのは簡単だけど……
男の子相手に「トイレに行ってくる」はさすがになかったかも。
顔が熱くさせながら、急いで玄関に向かう。
「みっちー、って中村未知夜?」
背後から声が飛んできたけど、無視することにした。
わたしを大事にしてくれないこおり君なんか、ぜんぜん好きじゃない。
「……、帰るなよ」
小さく落とされた声は、扉が閉まる音にかき消されて聞き取れなかった。