ぜんぜん足りない。


「こおり君、」

「うん?」


「なんでいるの?」

「さあ、なんででしょう?」


「わたし、幻覚見てる? あまりにもこおり君のこと考えすぎちゃって、頭がおかしくなったのかな……」

「じゃあ、確かめてみれば」



大きな手のひらがそっと重なった。

わたしの手首を掴んで、触って、って言うみたいに心臓の位置に誘導させる。



ドク……ドク、って確かな振動と、体温。



「幻覚じゃない……」

「うん」


「じゃあ、なんで、いるの……」

「桃音に会いたかったから……で、意味伝わる?」

「わ……わかんない、……っ。ちゃんと言って?」



こおり君の手に力がこもる。

目が優しく、すこし切なく、細められた。



「おまえのこと、ちょっとでも好きと思ったことないって言ったの。嘘だって言ったら信じる?」

「……え?」


「ほんとは、しぬほどおまえのこと考えてて、今も、未練をありすぎて会いに来たって言ったら、信じる?」



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