ぜんぜん足りない。

家で待っててと言われても、好きな人に今から会うとなればじっとしてはいられない。


さっき整えたばかりの前髪をもう一度スマホのインカメでチェックして。

リップを塗って、スカートをぐいっともう一折りして。

それから、エレベーターの前まで、走る。



扉が開いたと同時に抱きついたら、こおり君は怒る、かな。


そわそわしながら、待つこと5分。

チンっと音がして扉がひらいた。



「こおり君、お、かえりなさい」

「……ストーカー?」


「こおり君が私に待ってて、って言ったんだよ」

「ここで待てとは言ってないけどね」

「少しでも早く会いたかったんだよ」



1歩近づけば「そっか」と、短い返事が落ちてきた。



「こおり君、抱きついていい?」

「いちいち聞かれると萎える」


「う……」

「したいなら黙ってすれば。 桃音はおれの彼女なんでしょ」


こおり君はときどき、こうやって、1回落としたフリして上げるから。調子に乗っちゃう。

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