ぜんぜん足りない。
膝を立てて、ちょっと上の位置からわたしの体を包みこむ。
背中の後ろで、その手が組まれたのがわかった。
ドク、ドク、ドクドクッ。心臓が不整脈に似た動きをする。
そしたら、ふう、とゆるいため息が耳元で聞こえて。
「いちいち泣かれるとね、さすがにうざい」
ちくちく言葉に、柔らかい口調。
裏腹さに戸惑いながらも、こおり君の体温にホッと安心感を覚える。
「ほんと騒がしい女」
「………」
「すぐ怒ったり喜んだりするのも疲れる」
「うん……ごめんなさい」
「桃音って全体的に面倒くさいよね」
一撃。必殺。
あまりのダメージに、思わずこおり君から体を離しそうになる。
でも、それを許してくれないのがこおり君。
腕の力をぐっと強めて、わたしをがんじがらめにする。
「こんな面倒くさい女、ふつう付き合わないから」
「……ひどい」
「うん。だから、意味わかって?」
また、耳元で響いた。
いつもより低くて、ちょっとかすれ気味で、鼓膜を甘く揺らす声が。
「それでも付き合ってんだ、ってことの意味」