独占欲強めな御曹司に最愛妻として求められています~今夜、次期社長は熱烈求婚を開始する~
夕食

 関田が手伝ってくれたおかげで、資料も完成し定時で帰る事が出来た。

 緊張しながらお礼を言うと、関田からは笑顔で「これからも頼ってね」と言われた。申し訳なく感じながらもどこかホッとしている自分もいた。

 過去の苦い経験から、あまり会社の人と関りを持たないようにしていたし、それが楽だと思っていたが、実際どこか頑なになって疲れていたのだろうか。

 帰りにスーパーに寄り、食材を買い込む。

 羽野は特に好き嫌いは無いと言っていたので、豚の生姜焼きにしようと思う。兄の好物で実家にいる時によく作っていた。

 サラダやみそ汁も作りたかったので、荷物が多くなってしまった。用意しておいたエコバックになんとか全部入れて肩にかけて運ぶ。マンションの近くにスーパーがあって良かった。

 エントランスに入ろうとすると、丁度帰ってきた羽野と一緒になった。
 彼がこんなに早く帰宅するのは一緒に暮らし始めて初めてではないだろうか。

「は、早いですね」

「今日は早く帰りたかったから、打ち合わせ全部きっちり時間通り終わらせたよ。あぁ、買い物に行ってくれたんだ。重かったね。今度は一緒に行くよ」

 そう言いながら、雫の肩からさりげなくエコバックを外して運んでくれた。

 予想に反し、羽野の帰りが早かったので雫は急いで夕食の支度を始めた。

 彼はリビングでパソコンに向かっていた。仕事が残っていたのだろうか。それなら、会社で済ませてくればいいのにと思わないでもないが、出来立てを食べてもらえるので良かったかもしれない。

 配膳は羽野も手伝ってくれ、ふたりで食卓を囲む。

 夕食はすこぶる好評で、美味しい美味しいと言いながら食べてくれる。
 きっと彼は高級料理を色々食べて舌も肥えているだろうに、恐縮してしまう。
 大して手が込んでいる訳でもない大衆料理を絶賛されすぎて恥ずかしいくらいだ。でも、こうやって誰かのために食事を作って喜んでもらえるのは単純に嬉しい。

 羽野の食べ方は箸の持ち方もきちんとしており、さすがの育ちの良さを感じる。

(お兄ちゃんなんてすごい勢いで掻き込むもんね)

 体格が良く大食漢の兄と比べて変に感心してしまう。

 こうやってふたりで食卓を囲み会話をしてもあまり緊張しない。羽野がそうさせないような雰囲気を作ってくれているからだろう。


「しーちゃん、今週末予定ある?」

 汁椀を持ち上げながら羽野が言う。今日の味噌汁はごくシンプルに豆腐とわかめに小ねぎをのせたものだ。

「週末ですか?いえ、特に無いです」

「じゃあさ、買い物に行かない?こうやってみると食器が足りないかなと思って。それに色々買いたいものもあるし」

 確かに、シアトル赴任前から使っていたという皿やカトラリー類は実家から持たされた物らしく、基本的には揃っているが、大きめのサラダボウル等あった方が良いものもある。

今後も時間が許せば食事の準備をしようと思っているので、あれば助かる。

 それに、雫も一般的な女子並みに食器や雑貨を見るのは好きなのだ。

「そうですね。わかりました」

「やった!楽しみだね。デート」

「……デート」

「そう。俺たちの初デート。もっと頑張らないと大事な婚約者を関田さんの息子くんに取られちゃうからね。しーちゃんは年下が良かったりするのかな?」

 昼の会話の内容をしっかり聞かれていたらしい。

「あれは、関田さんの冗談で」

「関田さんの目は本気だったし、冗談にしても面白くはないよ。しーちゃんは俺の婚約者でしょ」

 羽野は少し眉間に皺をよせ拗ねた顔をする。会社では見せていない隙のある表情。数いる羽野ファンが見たら卒倒ものだろう。
 だが雫は思い至る。

(そうだった。私の役目は婚約者としてちゃんと社長に紹介出来るようになる事。そのために羽野さんはこうやって努力してくれてるのに、私の真剣さが足りないなんて、良い気はしないよね)

 自分は責任感が強い方ではなかったのか。課題には目的意識を持って取り組まなければならない。こうして夕食を作るだけで無く、デートでもなんでもこなすべきだろう。
 確かににデートしたことの無い婚約者なんていないだろうから、必要な事だと思えてくる。

「すみません。私は羽野さんの婚約者ですから」

 雫は箸を持つ手に力を込めて言った。

 思いがけない返答だったのか、羽野は驚いたように目を瞬かせた。

< 12 / 34 >

この作品をシェア

pagetop