独占欲強めな御曹司に最愛妻として求められています~今夜、次期社長は熱烈求婚を開始する~
帰宅
雫は悩んだ末、再びスマートフォンに電源を入れ、奏汰に今日のお詫びと、話がしたいとメッセージを送った。
するとすぐさま『明日家で待っている』と返信が来た。
今更マンションに行ってもいいのだろうか、彼女に悪いのでは無いかと思いつつも、最後だからと自分に言い訳をして夕方の時間帯に訪問することにした。
その後は、沙和子の母が張り切って作ってくれた美味しい夕食をいただき、お風呂を借り、沙和子の部屋の大き目のベッドで一緒に寝かせてもらう。
学生の頃はよくこうして過ごしたものだ。
「いろいろごめんね、沙和子」
「ホントそうよ。世話が焼けるわ。今日だって賢吾さんと会う約束してたのに」
「やっぱりそうだったの」
本当に本当に申し訳ない。自分の我儘でふたりの邪魔をしてしまっていた。ベッドの中で申し訳なく縮こまる。
すると横に寝ていた沙和子が急に神妙な顔になる。
「……あのね、私賢吾さんにプロポーズされた」
「えぇっ!?それで?」
突然の告白に驚き、思わず上半身を起こす。
「もちろん『よろしくお願いします』って返事したわ」
「……そっかぁ」
沙和子が崎本と結婚。いつそうなってもおかしくないふたりだったが、とうとう……胸が一杯になる。沙和子なら世界一綺麗な花嫁になるだろう。
「さわこ……良かったね……おめでとう」
「本当は早く話そうと思ってたのに、雫はもの凄く計画的に無駄なく突拍子もないことをしでかしてた上、迎えに行ったらお通夜みたいな顔してるし、言いにくくなったわよ」
感動で涙目になっている雫に沙和子は照れ臭そうに言う。
「幸せになってね」
「……雫もね」
その後、布団の中であれこれ話込みながら、いつの間にかふたりとも寝てしまった。
今も昔も変わらない親友のぬくもりが、本当にありがたかった。
翌日は梅雨の気配か朝からどんよりと曇っていた。
昼前に自宅アパートまで車で送ってくれた沙和子は
『あー多分……この運び込んだ手間、無駄になるのよね』となにやらブツブツ言っていた。
『がんばってね』と意味ありげな笑みを浮かべ車を発進させる沙和子を見送った雫は部屋に戻り窓を開け、空気を入れ替える。
何度か奏汰の送迎で荷物を取りに来た事もあったが、そういえば最近は戻っていなかった。
あのマンションでの暮らしが『日常』になってしまっていたのだ。
玄関から部屋全体が見渡せてしまうような狭い空間。これが自分にとっての本当の『日常』だ。部屋を空ける前と何ら変わっていない。そこを忘れてはいけなかったのだ。
「これはこれで落ち着くから良いんだけどね」
運んできた自分の荷物を取り出し、元々あった場所に戻していく。
まずチェストの上の埃を拭いた後、紙袋から取り出したサボ丸とサボ平を並べる。狭いが、2つ並ぶとサボ丸だけだった時よりも収まりいい気がする。
「サボ平、ここが新しいお家だよ。前よりだいぶ狭いけど我慢してね」
部屋の掃除をしながら、雫は自分の心の中も改めて整理していった。
この後、彼のマンションに行く。
きっと二人だけで話すのも最後になるだろう。今後はただの上司と部下の関係になる。
最後にちゃんと感謝の気持ちを伝えよう。そして彼の幸せを願おう。
そして、夕方である。
会社でこっそり返そうと思っていたカードキーを使ってマンションのエントランスに入る。
(出て行って丸1日も立たない内に、少しの時間とは言え戻って来るなんて、なんだか合わす顔が無いんですけど)
大いにバツの悪さを感じながら部屋の前に立ちインターフォンを押した。
今までのように鍵を開けて自ら部屋にまで入る勇気が無かったのだ。
静かにドアが開き、奏汰が顔を見せる。
「……お帰り」
「……おじゃまします」
奏汰は柔らかく笑ってはいるが、明らかに表情が曇っていて、疲れているように見える。
それでも、こうして顔を見ると、奏汰への想いが溢れてしまいそうで雫の胸は切なく震える。
リビングは初めてここに来た時のように整理されていて
自分の居場所は無いように思えた。そうなるように昨日片っ端から片付けたので当然だが。
「とりあえずコーヒーを入れるね」
そう言ってキッチンに向かう奏汰の様子が、普段と比べて落ち着きがない気がする。
後姿に思い切って呼びかける。
今、言わないと言い出し辛くなると思ったから。
「奏汰さん!……あの、急に出て行ったりしてすみませんでした。そして、今までありがとうございました」
ピクリと奏汰の肩が揺れ、動きが止まる。雫は一気に思いを伝える。
散々考えて準備して来た言葉だ。
「最近、いろんな事に少しずつ前向きになる事が出来てる気がします。それは、奏汰さんが、昔の私も、今の私も肯定してしてくれたおかげです」
奏汰からの返事は無い。
「ここでの生活はとても楽しくて幸せでした。仕事の面でもアドバイスをいただいて……あの、婚約者のフリでは役に立たたずでしたが、仕事は頑張っていきたいです。でも、もし私の存在が目障りでしたら配置換えや転勤にしていただいても構いません」
話しながら、そういえば以前も、奏汰に謝ろうと似たような事を言ったなぁと思い出す。
「……」
ずっと黙っていた奏汰がゆっくり振り返る。
雫は驚く。彼が傷ついたような顔をしているように見えたのだ。
「どこで、間違えたのかな?」