独占欲強めな御曹司に最愛妻として求められています~今夜、次期社長は熱烈求婚を開始する~
告白

「どこで、間違えたのかな?」

低い声で奏汰が言う。

「……?」

 ――お礼を言っているのになぜ『間違えた』と言われるんだろう。

 戸惑いに瞳を揺らす雫に奏汰はゆっくり近づき、目の前に立つ。

「もう俺とは一緒に居たくない?俺は……振られたのかな」

 奏汰が自嘲気味に呟く。

――振られた?どういう事?

 予定外の奏汰の言葉と声のトーンにさらに困惑し、何も答えられずにいると
 突然手を引かれ前のめりになる。半ば強引に胸に引き寄せられ、そのまま強く抱きすくめられた。

「そ、奏汰さん?」

「あの時、強引にキスなんてしたから、嫌われた?今も無理やりだし、ごめんね……でも俺、君を手放したくない」

 逞しい腕にきつく囲われながら彼の声を聞き、雫はやっとの思いで顔を上げる。

 奏汰は覗き込むようにしながら雫の目を見据えて言った。


「好きだ」



――刹那、部屋から一切の音が消えた気がした。

 大きいはずの自分の鼓動の音すら聞こえない。

「好きなんだ。君が、どうしようもなく」

 奏汰の低い声だけが聞こえてくる。


(……奏汰さんが、私を?)


「……うそ」

 思わず雫の口から出た言葉は彼の想いを否定するものだった。

「嘘じゃない。シアトルに行く前からずっと好きだった。一緒に暮らしてからは猶更、君を愛しく思う気持ちがどんどん膨らんで……押さえられない」

 雫を捉える奏汰の腕の力は抜けないままだ。力を抜くと雫が逃げてしまうのでは無いかと思っているかのようだ。

 いけない。混乱しながらも雫は必死に抵抗する。

「だって、奏汰さん……お父さんになるんでしょう?それなのに!」

――そんな事言っちゃだめです。

 泣きたい気持ちで、絞り出すように言う。父親になるというのに、他の女性に好きだなどと言う人では無いはずなのに。


「え?」


 ふいに奏汰の腕の力が抜けた、目を少し見開き驚いたような顔をしている。

 ふたりの間に微妙な沈黙が流れた。

「……お父さんにはならないよ?叔父さんにはなるみたいだけど」

 雫は奏汰を見上げたままポカンとする。

「叔父さん?でも、あの女性は……」

「……もしかして、何か、聞いたりした?」

「あの……」

 雫は昨日の朝エントランスでふたりを見かけた事や、休憩室で奏汰と崎本がしていた話を偶然聞いてしまった事を正直にした。

 黙って聞いていた奏汰は力が抜けたように雫から体を離す。

「とりあえず、座ろうか」

 促されソファに腰掛けると、雫の横に奏汰も座った。

 奏汰は天井を見上げ、はぁーと息をついて『そういう事か…』と呟いた後、雫に向き直り彼女の右手を両手で包み込む。

「……君が見たのは2つ年上の姉の藍美。確かに俺、名前で呼んでるしあんな感じで若く見られるけど、今年32になる。5年前に結婚して義兄のニューヨーク赴任でアメリカで暮らしていたんだけど……」

 妊娠し、順調に安定期に入った彼女は日本での出産を希望した。都内で評判の良い産婦人科医が奏汰の旧知である事を知り、紹介してもらう事になっていた。ちょうど出産のころには夫の赴任期間が終わるので先んじて帰国したのだ。

 その帰国が一昨日の事、本当はもう少し先の帰国の予定だったのだが、マイペースな彼女は気まぐれに予定を早め、今は実家である羽野家に滞在している。

 突然の帰国に奏汰は急に実家に呼ばれることとなり、昨日会社に藍美を連れて行ったのは、前日から出張で自宅に戻れなかった社長が、愛娘に少しでも早く会いたいと我儘を言い、奏汰に連れてこさせたからだった。

「お姉さん……さんじゅうに……」

 一通り奏汰の説明を聞いた雫は思わず声を漏らす。

 どれだけ若く見えるのだろう。どう見ても自分と変わらない位、下手をしたら年下に見えなくもないのに。

(関田さんもそうだけど、美魔女というか。ん?魔女と言う年齢でもないか、そうか……お姉さん)

「恋人じゃなくて、お姉さんだったんだ」

 つい、ぼんやりとひとり言のように呟いていると、横から奏汰の熱視線を感じ、ハッと我に返る。

「……あ」

 もしかしたら、自分はものすごい勘違いをした上、とんでもない行動に出てしまったのでは無いか。
 そして、奏汰に好きだと言われた事実を今更ながら認識し、心臓がバクバクし始め、呼吸が苦しくなってくる。色んな意味で恥ずかしくなってきた。

 カァッと赤くなっている雫の手を握ったまま奏汰が言う。

「……しーちゃん、藍美が俺の恋人で、子どもの父親が俺だと思って……結婚すると思って出て行こうとしたの?」

「……私がここにいたらご迷惑を掛けてしまうと、思って……しまいました」

 言葉尻がだんだん小さくなる。

「それじゃあ、出て行ったのは、俺が無理やりキスしたから嫌気がさしたとか、他に好きな男がいるとかでは無くて?」

「そ、そんな事ありません!私は……!」

 貴方が好きなんですと伝えたい。でも、この期に及んで肝心な事が言葉として出てこない。口がもごもごとしてしまう。

「今、俺にものすごく都合の良い展開になってる気がするから、調子に乗ってもう一度言うよ?――君が好きだ。自分でもどうかしてると思うくらい。大事なんだ。ずっと一緒にいたい……君は?同じように思ってくれてる?」

 澄んだ鳶色の瞳でまっすぐ見つめられる。表情は真剣そのものだ。

 その時、雫の中で空回りしていた気持ちの歯車がカチリと噛み合った気がした。

 それはやがてゆっくりと大きく動き始める。

――いいんだ。自分の気持ちを口に出しても。想いを伝えても誰も傷つかない。



「私も、すき、です」



今度はなんの躊躇もなく自然と言葉が出て来た。


「奏汰さんが好き」

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